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若林は自席の電話が鳴っているのを無視してモニターをにらみ続けていた。そこには、この3年分の新規公開銘柄の幹事加入データが並んでいる。
エクセルの一番左の行、「主幹事」の欄には「野山證券」の文字が並んでいる。東京セントラルをはじめとした他社の名前が出てくるのは殆どない。大手の山興、平和證券の名前ですらそうだ。

「ガリバー」
業界最大手、野山證券の別名だ。
野山が最大手である所以は、新規公開市場での圧倒的なシェアだ。主幹事はその会社が新規に市場に売り出す株式の大部分を自社で取り扱う事が出来る。いわゆる「新規公開株」だ。これらを引き受ける「引受手数料」は大きな会社の収益になる一方で、仮に公開株が人気が出ずに売れ残ったりした際には主幹事証券が身銭を切る事を求められる。引受け部門で圧倒的な力を持つ野山でなければ、そのリスクを持つ事はなかなか出来ないのが現状なのだ。
また、主幹事証券は公開後の株価の推移にも責任を負う事が多い。もちろん市場原則からいえば、価格調整など出来っこないのだが、公開後株価を下落させないために買い支えるのも主幹事の役割だ。その為に営業が顧客にその企業を「推奨銘柄」として勧めるのだが、それが出来るのも野山のガリバーの力があってこそだ。

こうした意味で、野山以外の証券会社が主幹事の座を奪い取る事は容易ではない。ましてや、AKSは市場の注目度からも公開規模感からも、野山が黙って見過ごすような先ではない。ウチが先行していたものを、土壇場で野山にひっくり返された事は今まで何度もあっても、逆はない。少なくとも若林の経験の中では。

大学の同級生、山里に強烈な劣等感を抱いているのも、その理由だ。学生時代、アイツには何一つ負けている所はなかった。冴えない風貌で、いつもヲタク気質で女の子からの人気もまったくなかった。どこな自信なさげな表情とうろたえたような目をしていた。ところが、この数年、事あるごとにアイツの影が俺の仕事を邪魔するんだ。

「どうした?まだ納得がいかないか?」
半沢に肩を叩かれ若林ははっと我に返った。
ちょっと行くぞ。そんな風に半沢が目線だけで若林を外に誘う。
若林はモニターにスクリーンロックをかけると立ち上がった。

「なぜ、この時期であそこまでの準備が出来ているかの疑問は消えたな。野山の公開コンサル部隊なら造作もない事だろう。しかし、逆にもっとわからない事が増えちまったな。」
半沢がブラックの缶コーヒーを飲みながら言った。
外はもうすっかり初夏の陽気だ。桜の季節が過ぎると、東京セントラル証券の本社オフィスがある丸の内界隈は一気に緑の色の濃さが増してくる。
「なんか、最初から面白くないって顔してたもんな、お前。今もだけどな。敵から塩を贈られたように思ってるんじゃないのか?」
若林は半沢の言葉には反応せずに、足元に群がる鳩に持っていたパンを千切って与えていた。昼食にしようと思っていたサンドウィッチだ。全然食欲というものが沸いてこない。

「部長。僕も東京セントラルの社員ですからね。AKSの公開を引き受ける事が業務指示なら全然構いませんよ。そんなちっぽけなプライドなんてくそ食らえです。」
「若林。それは違うぞ。確かに仕事にはラッキーが突然降ってくる事なんてある。だがな、これは違う。何かが…何かがおかしいんだ。なぜ、あえて野山がこの時期にわざわざ自分たちが育てた案件を捨てるような真似をするのか。この案件、絶対に何かが隠れている。」
「でも…どうすれば…その何かにたどり着けるんでしょうか?こうしている間も着々と公開へのスケジュールは進んでいるんです。」

半沢は飲み干した缶コーヒーを近くのゴミ箱に投げ入れた。
「若林。もう一度原点に立ち返るぞ。人だ。キーパーソンと、とことん話すんだ。何度でも、どんな小さな事でも見落とすな。どこかに…絶対どこかに歪みが存在するはずだ。」


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