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「仲俣さん、この辺りの数字だが…」
「はい?ああ、その売り上げ計上は監査から指摘を受けたので勘定科目を変更したんです。」
半沢の指摘に仲俣が一つ一つ明確に答えていく。
公開直前期の決算等の数字については、特にデリケートにチェックしていく必要がある。
急成長期のベンチャー企業が公開を急ぐあまり、決算状況に手心を加えようとする事は珍しい事ではない。むしろ、多少なりともグレーな扱いを許容される事の方が多いくらいだ。
半沢と若林は、その事を十分理解した上で敢えて厳しめの指摘を仲俣にぶつけてみた。
どの答えも明瞭で淀みがなかった。

「ちょっと一息入れよう。もうこんな時間だ。」
半沢が腕時計を見た。朝の9時過ぎから始まった公開準備資料のチェック、時刻はもう夕方5時前になろうとしていた。
「そうですね。私、ちょっとコーヒー淹れてきますね。」
「ああ、それは嬉しいな。仲俣さん、ありがとう。」

仲俣が部屋を出たのを見て、若林が小声で半沢に話しかけてきた。
「部長のおっしゃる通りですね。全く漏れがない…。取引先へのレビューも何社も行いましたが、判を押したように優等生的な答えが返ってくる。まるで示し合わせたように…」
「示し合わせてるんだよ。」
半沢は答えた。若林もわかっていて聞いたようだ。納得したように頷く。
「ただ…ここまで綿密に口裏を合わせるような事をする必要があるんですかね?直前期の決算内容、取引先の健全性が高く、利益率も適性。まあ、さすがに内部管理体制やガバナンス等には多少の改善が必要かもしれませんが、その辺りは既に公開してるアミューズメント関連の企業だって、酷いところは多いですし。」
「ああ、今すぐにでも公開していいレベルだよ。見事だ。見事すぎるんだ。」
「部長。でも…AKS、これじゃ公開時がピークそのものになっちゃいますよ。」

若林の指摘は極めて正しかった。確かに今のAKB48Gには誰もが認める圧倒的な知名度がある。ただ、公開時に人気が集中するかというと不安点が多い事も事実だ。通常、ジャスダックに公開するような企業は「先物買い」の要素で評価される事が殆どだ。財務体制や管理体制の健全性にはまだ未熟なものがあっても、その企業の将来性やビジネスの飛躍的な成長が買われるのだ。
IIの部に書かれた事業戦略には、今世間で指摘される事の多い「今後」への期待を感じさせるものがある。そこに書かれているのは「変化」だ。しかし…それなら…矛盾点が多すぎる。メンバーを大胆に世代交代させるのも、姉妹グループのメンバーを思い切りフューチャーするのも…やるなら今だ。そして、その為には…

「誰がいったい得をするって言うんでしょう?このIPOは。」
「その通りなんだ。株式公開するメリットはどこにもない…むしろ、その結果、株主や市場の影響を考えなくてはならなくなり、これまで通りの好き勝手が出来なくなってしまうぞ?しかし、どう見ても公開を急いでるとしか見えない。なんだ?いったい、そうまでしてこの会社を公開させたい意味はどこにあるんだ?」

「先生、何を心配してるんですか?大丈夫です。私達に全て任せて先生は大船に乗ったつもりでいればいい。」
廊下から甲高い声が響いてきた。
その声を聞いて急に若林が立ちあがった。
「どうした?」
若林は半沢の言葉に答えず、立ちあがって廊下に飛び出した。

「山里!何でお前がここにいるんだ?」
声をかけられた男が隣を歩く秋元康と同時に振り向いた。
派手なピンストライプのスーツ、丸いレンズに赤いフレームのくだけた感じのメガネをかけている。
「若林か。俺がここにいちゃおかしいか?主幹事は取られたが、ウチも秋元先生に今後の協力を願い出たところさ。お前とは色々あったが、共にAKSの為に尽力していこうじゃないか。じゃあ、またな。秋元先生、ここで失礼します。」
「ああ、宜しく頼むよ。若林さん、山里さんとお知り合いだったんですね。」
秋元の言葉に若林が拳を握りしめて頷いた。
「ええ。よ~く知ってますよ。いや、彼の事を忘れた事なんて一日としてありません。」

「誰だ?」
半沢がいつの間にか若林の隣に立っていた。
「山里亮太。大学の同級生ですよ。僕の最大のライバル…いや、アイツは僕の事を歯牙にもかけていないでしょうけどね。」
「ライバル…?」
「ええ。野山證券本店企業開発部の…今は次長になってるはず。今、この国内市場で最も多くのIPOに関わっている男だと言ってもいい。」
「野山?野山がまだ絡んでるのか?野山は降りたはずじゃ?だからウチに主幹事が回ってきたんじゃないのか?この場面でなぜまだ野山が…?」

半沢が腕を組んだ。

その姿を見ながらトレイにコーヒーを乗せた仲俣が静かに部屋に入っていった。
「山里さん、ちょっと登場が早すぎたんじゃないのかなぁ?」

静かに微笑み、仲俣はカップのコーヒーに口をつけた。

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