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「ちょっと待ってくれ…仲俣さん、これを貴女一人で作った…と?」
半沢は目の前に置かれた分厚い資料をめくりながら言った。
株式会社AKSが上場を果たそうとする市場はジャスダック市場。昔は「店頭公開」と言われた小型株中心の市場だ。小型とはいえ、ライブドア事件等の教訓から市場は公正なディスクローズを企業に求めており、公開申請には膨大な資料の作成が必要となる。
「はい、まだ経験値が足りませんので、体裁等至らない点も多いとは思いますが。ぜひ、ツッコミを入れてくださいね。」

「部長…このIIの部なんて…いや、ウチの公開引受部でも、ここまで作り込んだ資料のコンサル出来ませんよ?」
「仲俣さん、有価証券報告書のIIの部は、雛形の公開もされていませんし、作成例も各社業態ごとにばらばらです。通常は証券会社の公開引受部門の指導で作成していくものです。もちろん、これまでのキャリアの中で経験があれば作れない事もないが…失礼ですが、あなたはまだ学生だ。どこでこのノウハウを?」

半沢の質問はある意味、驚きと単純な好奇心からくるものだった。
実際の決算数字を並べるIの部と違い、IIの部は代表者の見解や、ビジネスプラン等を盛り込む必要があり、上場審査で最も重要な書類の一つである。専門性が求められる為、証券会社にとってもコンサル料を稼ぐ大きなポイントでもあった。事実、先日結ばれた主幹事受託の契約の中にも、この有価証券報告書作成へのコンサル料がちゃんと計上されている。しかし、このレベルで草案が上がってくるのであれば、半沢たちがやるべき事はそう多くない。

「プロの方にそうおっしゃっていただけるなんて。すごく光栄です。」
仲俣の笑顔に半沢はそれ以上の質問をやめた。
と、同時に部屋のドアを乱暴に開け髭面の男が入ってきた。
公開準備室室長の湯浅洋だ。

「いかがでしょうか?なにぶん、全てが手探りで始めていますので…専門家にお見せできるようなものではないのでは…と。」
「いえ、それはご謙遜でしょう、湯浅さん。ほぼ完璧な準備を進められていると思いますよ。今の時点では、私どもから強い注文を差し上げる事は何もありません。なあ、若林。」
「確かに。半沢が申しました通りです。よく、この早い段階でここまでの準備を…」
二人の言葉に湯浅が安心したような笑顔を見せた。
「仲俣、戸賀崎さんが呼んでる。すみません、ちょっと私ども席を外させて頂きます。後ほど、キックオフの会場にご案内いたしますので」
「ええ、私達はしばらくこちらで書類関係に目を通させて頂いておりますので。」
半沢と若林は部屋を出る二人に軽く頭を下げた。

「ますます、他人の手柄って気しかしなくなりましたよ。これじゃ、何もやれる事がない。ほら、ご丁寧に監査法人の報告までありますよ。適合ですって。」
「完璧…だ。」
半沢が資料の1ページ1ページを丁寧に手繰りながら呟いた。
「ですよね。まあ、楽な仕事っちゃ仕事ですけどね…」
「いや、完璧すぎるんだ。」
「完璧すぎですって?」
若林がすっかり氷の解けてしまったアイスコーヒーをストローで吸い上げながら半沢の方を向いた。

「ああ。完璧…すぎなんだ。いいか、若林。どんな優良企業でも一つや二つ、書面レベルでもこれってどうなんだ?と首を捻る事項はある。どんなにまともにやっていてもだ。融資を実行する時に大事なのは、そんな事の粗探しをすることなんかじゃあない。その数字の裏にある思惑や背景としっかり向き合う事だ。」
「部長はこの報告書の中に、何か足りない所が隠されていると?」
「いや、そうじゃない。IIの部だよ。ここはある意味、作文だ。経営ビジョンにちゃんとココが込められているかどうか。それが大事なんだ。」
半沢が右手で拳を作り、若林の左胸を軽く叩いた。
魂。それこそが必要なんだと。
若林は大きく頷いた。

「そこを知るには、とにもかくにも人だ。俺たち証券マンに必要なのは数字じゃない。人を見極める目だ。」
「難しいですね。」
「ああ、難しい。だからこそおもしろいんだ。そして、もっとも大事なのはその企業のキーパーソンを見定める事だ。キーパーソンに会い、その心の中をしっかり炙り出すことさ。」
「キーパーソンですか?この場合…やはり、秋元康さんですかね?経営陣ではありませんが、大株主でもありますし、事実上の経営意思決定者でしょうし。」
半沢は立ち上がって部屋の隅まで歩みを進めた。半身で振り返り壁に貼られたポスターを指差して若林に言葉を放った。
「彼女たちさ。」

きらびやかな衣装を身にまとったAKBメンバーの笑顔がそこにあった。

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