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inning80.




ため息のような歓声が球場に響いた。3塁ランナーの城が手を叩きながらゆっくりとホームへ戻ってくる。
「3回の裏、難波桐蔭に追加点。強い当りでしたが、打球の正面に入ったかに見えたショート石田、打球を大きく弾いてしまいました。これで3対0となります。」
「う~ん…ショートの石田さん、慌てましたね。今日2つ目のエラーですか…本来安定した守備の持ち主なんですが…さすがに緊張してるんですかね?」
解説者の言葉は当っていた。石田だけでない、点に繋がったのは全部エラー絡みだ。記録上ではエラーではないものの、落ち着いて処理すれば打ちとれたものも多い。

「ごめん。みゃお…」
「いいって、気にしないで。」
申し訳なさそうにする石田からボールを受け取る宮崎の表情も引きつっていた。」

「先生…さすがにタイム取って落ち着かせないと…先輩達明らかに浮足立ってます。」
ベンチで光宗が井上に訴える。その表情もややこわばっていた。
「そうだな…でもなぁ、もったいないよなぁ。せっかく甲子園で舞い上がるって経験をしてるのに。こっちが教えてやるのは簡単なんだけどな。」
「そんな悠長な事言ってたら…」
「まあ、仕方ないか。よし、タイムを取るか。ただし…伝令は…岩立お前だ。」
「へ?ワタシですかぁ?でもぉ…何て言えば…」
「そうだな……ってな。ほら、早く入って来い!」
井上が岩立に何事かを小声で伝えその背中を押した。

「はぁはぁ…はぁ…あの…」
「沙穂、何息切らしてんの?先生なんだって?」
仁藤が脱いだマスクを小脇に抱えて聞く。
「は…甲子園って広いんですね…ベンチからマウンドまでダッシュしたら息切れちゃって…はあ・・・はぁ…」
「だからさ、何だって?早くしないと、また急げ急げって審判に言われるんだからさ。」
仁藤の表情が少しいらついたものになった。
「あの…あのですね…スタンド見てみろって。ん…で、誰か知ってる顔見つけろって…そう言ってました。」
「はあ?具体的な策の指示とかじゃないの?スタンドって言っても…」
仁藤が1塁側のアルプススタンドを見上げた。宮崎も石田も仲川も小森も、鈴木もそれに倣う。
「あ、あやりんがいるよ。ほら。」
「ホントだ、恵玲奈とおくたま…へ~ブラスバンドってお揃いのユニフォーム作ったんだ?」
「なんでも、今日は中学とか南高とかが応援協力してくれてるらしいよ。」
「あんな大きなスタンドでもこうしてグラウンドから見たら一人ひとりの顔ってわかるもんなんだね。」
「っていうか、あの一番上で大きな旗持ってるのって杏奈じゃね?森。」
「ひゃ~、風強いから大変だわ。飛ばされちゃいそう…」


「私達…甲子園来てるんだよね。」
仁藤がぽつりと言った。
「そうだった。なんか、こんなカッコ悪い姿…恥ずかしいね。」
鈴木がその言葉に応えるように言う。
「そうだよね…もっとしっかりしなきゃ…この舞台に失礼だよね。」
石田がグラブを一回二回と叩いた。
「沙穂ありがとね。」
「え…?ワタシ…なんにも…」
「もう大丈夫だからって先生に伝えて。」
仁藤に背中を押されて岩立がまた全力疾走でベンチに向かって走っていった。

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