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inning69.



スタンドは徐々にどよめきを大きくしていった。
9回表、ワンアウトから放った渡辺の会心の当たりがセカンド、星野のグラブにダイレクトですっぽり収まった。恐らく何十センチは右か左にずれていたら抜けていただろう。それでもアウトはアウトだ。2アウトになった。

とうとう、土壇場を迎えた。スタンドがざわついているのは、あと一人で昨年に続き、春の覇者、秋葉学院が決勝で敗れる…という理由だけではない。決勝戦でのノーヒットノーラン。都立乃木坂の生駒が達成しようとしている偉業を固唾をのんで見守っているのだ。

打席に2番バッターの多田愛佳が向かった。今日はもちろんノーヒット。3年生最後の夏、2番バッターとして十分役割を果たしてきたが打率は2割台半ばに低迷していた。

代打だろうな…まだウチには一発で勝負を変えられるいいバッターが残ってる。来年のクリーンアップ候補の大場だっている。3年生のれいにゃんだっている。私より全然こういう場面では強いはずだから…

多田はベンチを振りかえった。監督の戸賀崎は腕組をしたままだ。笑顔すら浮かべてる。

いいのかなぁ?私が最後のバッターになるかもしれないんだよ?打つ手はしっかり打っとかないと後でどうこう言われるのは監督なのに…ほら、タイムかかった。やっぱ代打でしょ?ん…?なんでぱるるが出てくるの?

「らぶたんさん。初球、多分スライダーきます。思いっきりひっぱたいちゃってください。」
「え?…っていうか、代打告げに来たんじゃないの?監督、何だって?」
「え~何にも言ってませんよ。ワタシ、勝手にタイムかけて来ちゃいました。」
「なんで初球がスライダーって分かるの?」
「えっと、ワタシ、こう見えても高校野球オタクなんです。」
島崎が無邪気な笑顔を多田に向ける。この土壇場で何をいきなり言いだすんだ?多田は

島崎の肩を抱いて後ろを向いた。下を向いて小声で話しかける。
「だから…オタクとか何でこの場面で…」
「だって、乃木坂はきっと早く試合を終わらせたいって思ってるに違いないと思いません?」
「いや、だって大事な場面じゃん?じっくり時間かけて攻めようって指示も出るだろうし。」
「らぶたんさん、それは私達が何度も甲子園出てるからそう思えるんですよ。今、向こうの生駒さんはこうして私達がタイム取ってる事にすらいらいらしてると思います。」

確かに言われてみれば…マウンドの上でせわしなくロージンバックを触ったりボールをこねまわしたりしてる。初球は一番自信のある球で入ってくる…ぱるるの言う事には説得力がある気がする。多田は島崎の笑顔に向かって強い表情で頷いた。

集中力。それは腹を決める事が一番肝心だ。初球はスライダー。外れたらそれはその時だ。ここまでシュートとスライダーのコンビネーションに完全にやられてきた。狙い玉を絞れば…と言われるかもしれないが、実際にはなかなかそうは上手くいかないものである。しかし、この時の多田の集中力は研ぎ澄まされていたし、事実生駒に焦りもあった。初球のスライダーはやや内側から甘いコースに入ってきた。

多田は迷うことなくバットを強振した。

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