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inning57.




ユニフォームを配り終えると仁藤は最初にそうしたようにそっと目を閉じた。大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせるようにした。なにかが…なにか事情があるに違いない。誰もがそれを分かっていた。だが、その何かが分からない。菊地がベンチ入りのメンバーにすら選ばれない理由は誰にも見つけられなかった。

「仁藤。俺から話すか?」
「いえ、先生。ワタシはこのチームのキャプテンです。私が話します。」
仁藤はそう言って菊地の顔を見た。相変わらず菊地は笑っている。
「えっと…みんなは何であやりんが1番をつけないのか…ましてや何でベンチに入らないか…それが知りたいんだと思う。今まで隠しててすまなかった。実はあやりんは、この夏、大会の規定で出場選手として登録する事が出来ないんだ。」
全員が一斉に菊地の方を見た。菊地はわざと驚いたような表情をして舌をぺろっと出して笑った。

「なんで?意味わかんないんだけど?あやりん、まさかこの学校の生徒じゃなかった…なんてオチはないよね?」
石田が言う。もうおどけたような表情はない。誰かにこの不条理を訴えたいような顔つきだ。
「あの…規定…って?私たちみたいに転校した場合だと1年間はダメだけど、あやりんはそんな事ないでしょ?・・・・となると…まさか、在籍年制限?」
仲俣が思い起こしたように言う。それを聞いた菊地が笑顔のままそっと頷いた。

「あのね。ワタシね、みんなより一つお姉さんなんだ。」
「でも…制限があるのは高校在籍3年間って事で年齢そのものは関係ないはず…」
「さすが、なかまったー。良く知ってるね。でも…も一つ白状しちゃうと、ワタシ今年高校4年目なんだ。一年ダブっててさ。」

菊地は淡々と自分の過去の事を話始めた。元々地元はこの大分県中津市だったが、中学の時からその素質の高さで注目を集め、幾つかの野球名門校からスカウトを受けた事。その中から広島の強豪校を選び進学。1年の夏からエースに抜擢された事。

「でもね…天狗になっちゃってたんだなぁ。ほら、ワタシ馬鹿じゃん?周りに乗せられちゃうと木にも登っちゃう。」

1年生の夏こそ甲子園へは出場出来なかったものの、新チームは圧倒的な強さで秋の大会を勝ち進んでいた。そんなある日、菊地は校長室に呼び出された。目の前の机の上に並べられた数枚の写真には、夜の盛り場ではしゃぐ菊地の姿が写し出されていた。

これを誰が撮ったかは問題ではない。誰がどんな風に写ってるかが問題なんだ。校長は苦り切った顔でそう言った。菊地の進んだ学校は私学の強豪だったが地元では県外から選手を金で集めて来ていると揶揄される事が多かった。寮生活の規律が乱れてるんじゃないか?高校生にあるまじき生活態度はいかがなものか?この写真が表に出ると、学校のイメージを著しく失墜させる事は間違いなかった。後になって分かった事だが、これは一緒に遊んでた男子生徒が撮影したものが流出したものだった。菊地の素質の高さを快く思わない何かの思惑が働いていたという事は容易に想像できた。

「いいかね?何度も言うが、これが誰の手でどういう狙いで出てきたかは大した問題ではないんだ。菊地さん、私は残念だ。」

菊地は結局そのまま学校から姿を消した。退学処分にこそならなかった。表向きは故障で選手から外れたとされ、写真が表に出る事はなかったが関係者は誰もがその裏事情を理解していた。野球を取り上げられ居場所を失った菊地は、そのまま不登校になり留年。新学期が始まってすぐに地元の千城高校に1年生として転校していった。

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