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inning12.



「ねえ。キャッチボールだけじゃ飽きてきたでしょ?」
菊地が仁藤が山なりに投げ返したボールを捕りながら舌を出して笑った。
「ん?ああ…アンタ、ピッチャーなんだっけ?そうだね…せっかく丁寧に手入れされたマウンドもあるんだし。いいよ、受けたげる。」
仁藤が答えた。

半ば無理やりに駆り出されたっていうのに、なんでワタシは日曜まで付きあってるんだ?しかも、早起きしてグラウンド整備まで。だいたい、練習もロクにしてないのに、こんなキチンと整備しなくたっていいだろうに…

ブツブツと独り言を言いながら仁藤はホームベースの後ろに立った。菊地が嬉しそうにマウンドの上に立つ。この子って本当に野球が好きなんだろうなぁ…あ、それは私も同じだったはずだよな。私もあんな風に笑ってたのかな?

「ちょっと待って。ミットある?あと…プロテクターとかレガースとか…あ、マスクもあった方がいいかな?」
座って構えようとした仁藤が思い出したように菊地に声をかけた。ふと、井上の腫れあがった左指を思い出したのだ。仮にも元プロ野球選手の井上だ。幾らブランクがあるとはいえ、少しはまともな球を投げるんだろう。仁藤のキャッチャーとしての本能がそう言っていた。
「部室にあるよ。ちゃんと手入れはしてあるから。」
「わかった。ちょっと待ってて。」

仁藤は部室に入った。きちんと整頓された清潔な部室だった。棚も扉もボロボロだったが、ヘルメットやバット、ミットなどはどれもきちんと手入れされ整然と並べられていた。これも、全部あの子が?仁藤は棚にあったユニフォームを見つけた。クリーニングの袋に入っている。真っ白な生地の左胸に漢字で校名が刺繍されている。シンプルだがバランスのいいデザインの試合用ユニフォームだ。

「ごめん、お待たせ。」
「あれ?へー。似あうじゃん。着替えたんだ?」
「ああ、勝手に借りちゃった。後で洗って返すから。」
試合用のユニフォームに着替えプロテクターを付けた仁藤がホームベースの後ろに座った。
「って事は…本気で投げていいってことかな?」
「もちろん。」
仁藤が右手で軽くミットを叩いた。

菊地が頷いた。笑顔が消える。
両手を大きく振りかぶった。ダイナミックなワインドアップだ。長身の菊地の身体が一層大きく感じる。右足を胸元まで抱きかかえるように上げる。メジャーリーガー最高の投手と言われたノーラン・ライアンのようなフォームだ。しなやかな右腕が大きくしなる…

糸を引くようなストレートが仁藤のミットに音を立てて収まった。仁藤はそのミットを暫く動かさないままにした。いや…動かせなかった。
「もう一球。今度はコーナーに。」
ボールを菊地に投げ返し、右膝の前でミットを構えた。右バッターのアウトコース低目。菊地がにこっと笑って振りかぶった。

バシーン!!!!

仁藤のミットは寸分も動く事なく菊地の放った球を受け取った。
全然スピードが落ちてない…いや、むしろさっきより回転といい、キレといい、今度の方が数段上だ。コントロールするのに押さえた球なんかじゃない。それに…フォームのせいか球の出所が見えづらい。恐らくバッターボックスで見るともっとくせ球に見えるはずだ。
本物だ…本物のピッチャーだ。私は秋葉学院のブルペンで1年の頃から色んな投手の球を捕ってきた。今年のエース…剛腕才加って言われてる秋元さんの球も、抑えの切り札の倉持明日香さんのくせ球も…去年の全国優勝投手…あの…篠田麻里子さんの球も。
この子のストレートはそんな錚々たるメンバーのものと比べても全然引けをとらない…なんで、こんな活動もしていない野球部にこんな子が?

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