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inning10.

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「しかし…全面禁煙はキツいよなぁ…」
井上は携灰皿を手に肺の奥深くまで吸い込んだ煙を一気に噴き出した。
昨日ようやく見つけた、こっそり煙草を吸える場所。美術準備室の雑然とした空気が井上には心地よく感じた。

がたん…

隣から聞こえてきた物音に井上は慌てて煙草を揉み消した。
美術室を授業で使う事は余りないはずだ…誰かいるのか?井上はそっと扉を開け中を覗き見た。一人の少女が作業台の上に置かれた木板を彫刻刀で一心不乱に彫り込んでいた。集中しすぎて手元にあった彫刻刀のセットが机の上から落ちたのに気付かなかったのだろう。

井上は、少女の横顔の迫力に思わず目を奪われた。整った綺麗な顔つきに透明な肌。長い亜麻色の髪を後ろで束ねている。下を向いた目だけが鋭く光っていた。手先が細かく動く。どうやら版画を彫っているようだ。3人…4人…輪になって抱き合い笑顔を浮かべる絵柄だ。その作品の完成度に井上は目を見張った。素人でもわかる。繊細だが力強い…きっと、この子は強い意志と優しい心を持った性格なのだろう。

「きゃっ。」
少女は不意に井上の存在に気付き小さく驚きの声を上げた。
「あ…すまない。覗き見するような真似をして。」
「いえ。ちょっとびっくりして。あの…先生?」
「ああ、1週間前に赴任してきたばかりだけどね。井上だ。2年D組の担任をしている。君は?」
「D組…ですか。すみません。仁藤といいます…」
「仁藤?仁藤萌乃か?お前、ウチのクラスじゃないか。全然授業出てこないじゃないか。いつもここにいたのか?なんだよ、家庭訪問でもしないといかんのかと思ってたよ。」
「ホントすみません。でも、ちゃんと学校には来てました。ワタシ、寮なんで、学校行けって追い出されるんですよ。」
「そうか…確かお前も秋葉からだったな。今日、宮崎と石田が転校してきたぞ。内田達が喜んで迎えてた。お前はアイツらとは仲が悪いのか?」
「いえ…そんな事はないですよ。ただ…」

コイツは…ちょっと他のヤツらとは目が違うな…諦めたような目じゃない。ただ、何をどうすればいいのかがわからずにいるって感じか?この版画にもそれが出てる。そうか…ひょっとしたら…

「なあ、仁藤。お前、キャッチャー出来るか?」
「え?あ…はい。一応ポジションはキャッチャーでした。」
「そうか。そりゃ丁度良かった。見てくれよ、この指。」
「あらら…腫れ上がっちゃってますね。」
「ちょっと菊地の球受けてやってくれないか?俺の手には負えんのだよ。」
「え?先生って元プロでしょ?」
「ほう、良く知ってるんだな?」
「あ…それは…そうで…」
「じゃあ、待ってるぞ。」
「いや…まだ行くとは…」

井上は仁藤のあいまいな返事に笑顔だけを返して美術室を後にした。
どうやら、それぞれ色んな事情でここに来る事になったみたいだな…
井上は職員室に戻り、パソコンを立ち上げた。路線検索で東京への行き方を調べる。結構高ぇなぁ…飛行機は無いな…高速バス…いや新幹線にするか。それからっと…
携帯を取り出しメールを打つ。と…が…さ…あったあった。まだアイツ、アドレス替えてないだろうな?
「急ですまない。この土日時間空けてくれないか?」
すぐに返事が返ってきた。
「大丈夫ですよ。でも、今大分ですよね?先輩。東京来るんですか?」
よし…それじゃ…
井上は生徒一覧フォルダから秋葉学院からの受け入れ生徒の情報を取り出し始めた。

2年生
石田晴香、宮崎美穂、内田真由美、小森美果、鈴木紫帆里、
仁藤萌乃、仲川遥香、野中美郷、仲俣汐里


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