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inning3.



「なんだよな…一体。やっと採用のクチがあったと思ったら、こんなイナカの私立高の、しかも産休教員かよ…はあ…」
小倉駅で在来線に乗り換えて1時間。県境の川を渡って大分県に入ってすぐ列車は中津駅に到着した。駅前の寂れたロータリーには数台のタクシーが停まってるだけ。恐らくはデパートだったらしき建物のシャッターにはおびただしい数の落書きがある。随分長い間開けられる事もないままなのであろう。駅員に行き先の所在を確認すると30分程歩けば着くらしい。約束の時間にはまだ間がある。井上ヨシマサは自販機で缶コーヒーを買いのんびりと歩きだした。

「こりゃ…町が死んでるのか?」
幅の狭いアーケードに並ぶ店は3軒に1軒がシャッターを下ろしていた。空いている店にも客どころか店員の姿すら見えない。書店に並ぶ週刊誌が3年前のものであっても不思議には思わないんだろうな…井上はそう思った。

30分どころか15分もしないうちに目的地に到着した。どうやらイナカの人は歩くのも遅いらしい。通勤を急ぐ都会のサラリーマンなら10分かからずに辿りつく距離だろう。

井上は「学校法人 秋元学園 私立千城高校」と古めかしい看板が掲げられた校門をくぐり校内へと足を踏み入れた。どことなく草臥れた印象を受ける校舎だった。玄関前に植えられたフェニックスの樹木も一応綺麗に刈り込まれた植え込みもどことなく疲れた中年のように見える。そのまま中庭を抜けてグラウンドへと歩いてみた。校長との約束の時間までまだ1時間近くある。恐らく授業中なのだろう。しんと静まり返っている。しかし…外部の人間らしき人物がこんな風に校内をウロウロしてて誰も咎めにこないのか…やっぱイナカなんだな。のんびりしてるっていうか…前いた学校なら不審者扱いされて通報されても文句言えないトコだ。


井上は、元男子プロ野球選手だった。超一流のプレーヤーとはいえなかったが、投手以外どこでも守れるユーティリティプレーヤーとして重宝がられ、故障で10年間のプロ生活を終える時には所属していた広島カープからスコアラーとして球団に残らないかと打診された事もある。井上はその有難い申し出を丁重に断り独学で教員免許を取得し、高校野球の指導者を目指した。プロ経験者が高校野球の指導者になるためには一定の条件をクリアしなくてはならない。2年間の教員経験と文部科学省の定める試験に合格することなどである。井上は、就職環境の厳しい中臨時講師などで何とか在籍年数をクリアし、試験にも合格しようやく念願の指導者の資格を取った。

恩師でもある秋元康が自らが理事長として経営する秋元学園への就職を世話してくれたのは有難かった。秋元学園といえば、大学から幼稚園まで全国展開する学校網を持ち、最も有名なのは何度も甲子園を制覇している秋葉学院だ。井上は、一瞬秋葉学院への話かと期待したが、もちろんそんな甘い話はなく、紹介されたのは大分にある系列の高校の産休教員のクチだった。

そうだよな…そんな美味しい話はないよな。でもまあ、ここで実績を積めばいつかは秋葉で指揮を執るって道が無いわけじゃないしな。今までいたガッコでは、野球部があっても規程で指導する事が出来なかった。今度は監督として迎えられるんだ。弱い学校らしいけど、それはこの際文句を言わないようにしなくちゃ。やっと、念願の高校野球の監督になれるんだからさ。

狭いグラウンドをぼんやり眺めていると、校舎の中からパラパラと数人の女子生徒が出てきた。ジャージ姿だ。恐らく体育の授業なのだろう。グローブやバットを手にしている。
体育の授業でソフトボールでもやるのか…そんな風に思って井上はごろんと横になった。空を見上げる。やっぱイナカだわ。青空の色も違う気がする。しっかし…暑いなあ。そういや、九州はもう梅雨明けしたって言ってたっけ。夏なんだよな。もう。

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