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inning1.


「ホントに辞めちゃうのか?後悔はしないんだな?」
梅雨入り直後特有の、細かく絶え間なく降り注ぐ雨の音が部室の屋根から響いてくる。よく聞きとれないな…石田晴香は顔をしかめた。普段はよく通る高橋みなみの声が聞こえないのは、雨音のせいだけではなかった。

「後悔?しない訳ないじゃないですか。ここまで私なりに頑張ってきたんだから。」
「なら、なんでこの時期なんだ?はるきゃんはまだ2年生だろ?今年ベンチに入れなかったって言ってもまだ1年あるじゃないか。」

あと1年か…
高橋の言う事は正論だ。実際、これまで石田の力は高く評価されてきていた。1年生の秋、新チームになった時、レギュラーにこそなれなかったものの1年生でベンチ入りを果たし、練習試合ではレギュラーチームの一員として試合にも頻繁に起用され好成績を残していた。小柄な体ながらシュアなバッティングと俊足は目を引くものがあった。
しかし、今年の夏の大会まであと1カ月を切った昨日、予選のベンチ入りメンバー候補40人の中に石田の名前はなかった。最終的に20名に絞り込まれる大会のベンチに入る可能性は事実上無くなったわけである。

「なんか…つまんなくなっちゃったんですよ。そりゃ、ウチが名門なのはわかりますよ。後援会だってOG会だって地元だって理事長だって…みんな勝つ事が一番だって思ってるのも分かります。でも、ダメでしょ。肝心のプレーしてる選手がつまんないとか思ってちゃ。」
「勝つ為にみんなが一体になって頑張る。それが野球ってスポーツじゃないのか?」
わかり切った事を言わせるなよ…そんな表情で高橋は言った。

「キャプテンの言う事は正論ですよ。正論。まったく間違ってません。」
「じゃあ…どうして?」
「私が異端児だから…なのかもしれないっすね。どうしても楽しく感じないんですよ。トップバッターは2ストライクまで相手ピッチャーの球筋を見極めて…塁に出たら2番がバントで送って …そんな教科書通りの野球がね。初球から打ったっていいじゃないですか。大体、プレーボール直後の一球目、甘くはいってくるピッチャーが多いって事は誰でもわかる事じゃないですか?バントで手堅く送ってわざわざ相手にアウト一つ差し上げるより、エンドラン使って上手くいけばノーアウト1・3塁にチャンスが広がるかもしれない。そっちのほうが面白いじゃん…そんな風に思っちゃうんですよ。」
「そういや、アンタは1番を打つ事が何度もあったもんね…」

石田が試合に出る時はその俊足を買われて1番バッターとして起用される事が常だった。最初はベンチの指示通り待球姿勢で打席に立った。しかし、ある試合で相手投手が初球、安易にストライクを取りに来るタイプの投手と見極めた石田はベンチの指示を無視して積極的に初球から打って行った。結果は5打数5安打。相手投手の大きなモーションを盗み、3盗塁もマークした。結果が出ればベンチもうるさくは言わないだろう…そう思っていた石田だったが、それ以降試合に出場する機会は巡って来なかった。

「とにかく、こんな風にチームの方針に不満を持ってちゃあのユニフォームを着る資格ないって事ですよ。」
石田は部室の壁に掛けられたユニフォームを見上げて言った。ニューヨークヤンキースのピンストライプを模したようなデザイン。左胸に刺繍されたエンブレムに高校球児なら誰もが憧れ、そして恐れを抱く。昨年の夏に続き今年のセンバツも制しこの夏も優勝候補最右翼の呼び声が高い秋葉学院高校の試合用ユニフォームだ。

「それに…こんな気持ちのまま目指すのは…」
石田が視線を高橋に戻してつぶやいた。
「甲子園に失礼だ。」
石田は立ち上がった。高橋もそれ以上言葉を発する事をしなかった。

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