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67.



「二人でスキルAに誘われてなかやんも喜んでたんだ。でも、プロになってもなかやんの走りは全然変わらなかった。いつも私の前を走ってばかり。」

そんな時、前田敦子に大きな転機が訪れた。ヨーロッパプロチームからの誘いだ。もちろん前田はその誘いに二つ返事で乗った。仲谷はチームに休暇願を出し単身で前田について行った。生活の心配が無くなっていたとはいえ、自費での渡欧である。安アパートを借り、一人前田の練習に付き合った。なんでそこまでして?前田の問いかけに仲谷は柔らかな笑顔で首を横に振るだけだった。

「グランツールは厳しかった。私に求められていたのはエースのアシストですら無かったの。サポートカーから渡された10何個のボトルをラクダのこぶのように背中に入れて他の選手に運んだり、補給ポイントで配られる食料を前に後ろに行ってみんなに渡したり…」

それでも名誉なことだと思っていた。ところが…2週間を過ぎたころからそれすら満足にできなくなり始めた。序盤のステージで5位になったのは本当に偶然が重なったに過ぎない。毎日がタイムアウトとの闘いだった。ラチェット音…ロードバイクはペダルを漕ぐのを止めるとホイールが惰性で動く音がする。前田は必死で走る自分の前の選手のバイクからラチェット音が聞こえてくるのを何度も経験した。苦しいはずの前を走る選手が脚を止めているのに、私はそれを必死に追わないと追いつけすらしない…

「気づいたんだ。このラチェット音、いつも聞いてたなって。」
「いつも?あっちゃんの前を余裕かまして走るって相当だと思うけど…そっか…それが、なかやんだったって事か。」
「そう…なんで?なんで本気で走らないの?って。ツール・ド・フランスが終わった後、私はなかやんに聞いたの。答えはわかってた。私に遠慮してたんだ。あの子のそれまでの人生は私に遠慮して、気を使って、機嫌を取って…そうして私のお下がりをもらう事で過ぎてきたの…もうそんな気を使わず、実力で勝負できるプロになっても…」
「それがなかやんの優しさ…?」
「そんなの優しさじゃない。私は怒ったよ。馬鹿にするなって。アンタは私なんかよりもっと速く走れるんじゃないか。手加減して私より遅いフリしたって、それは優しさなんかじゃない。ただの屈辱だって。」
「あっちゃん…」
「私は言ったの。私は自分が勝つことだけを望んでるんじゃない。私の力が誰かの勝利に繋がるのなら、私は喜んでこの身を差し出すよ。それがロードレースだ。でも…私にはその力すらない。なかやん、アナタにはその力があるのに…」

そんな二人に声をかけたのがランスだった。前田はツアー選手としての限界と第一線からの引退を打ち明けた。

「あなた方二人にお願いがありマス。」
日本から有望な人材をヨーロッパに連れてきたい。日本のロードレースの将来に大きな貢献を果たしたい…それはきっと二人の為にもなるはずだから…
そんなランスの申し出に二人は半信半疑ながらも乗る事になった。

誰かの勝利の為に喜んで身を差し出す…
それすら出来ずに苦しむ選手がいる。厳しいな…でも、身震いがする。
そんな厳しい世界がまだまだあるんだよね。私もそこに行ってみたい。
そしたら、ランスの言葉の意味がわかるんだろうか?

大島は前田の背中を目で追い続けた。恐らく同じジャージを着て走る事は…もう無いのだろう。


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