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58.



残り4キロを切ったところで満を持して仲谷がアタックをかけた。一瞬だけ渡辺と須田が反応したがついていけない。大島もそのまま背中を見送った。
完璧だ。完璧なタイミングだ。たった一回のアタックで振り切ってみせるなんて、やっぱあの子はモノが違うんだな…でも…なんで、これだけ力がある子が今まで全く無名だったんだろう…?

文字通り躍るようなダンシングで乗鞍の急斜面をかけ上げる仲谷を大観衆が熱狂的な声援を送り迎える。仲谷の表情は変わらない。淡々と…しかし、明らかに一人だけスピードが違う。下手したらリーダージャージを着る人物が今日変わるかもしれない。誰もがそう感じ始めた時だった。仲谷のバイクに異変が起きた。一番斜度のきつい部分に差し掛かりギアを一段落とそうとシフトを操作した時だ。チェーンが落ちた。クランクが回らない。仲谷は表情を変えずにバイクから降り、チェーンを冷静にギアにかけた。後輪を浮かしクランクを回してみる。がちゃん…再び異音と共にチェーンが脱落した。

「メカトラブルです。恐らくワイヤーかシフター。」
「なんだって?自走は無理デスカ?」
「はい…バイクを変えないとダメです。」
「No!」
サポートカーでランスが珍しく大きな声を張り上げた。乗鞍ではサポートカーはいつもよりやや後方で選手を追うしかない。道を埋め尽くした観衆に遮られ選手の所に辿りつくのも遅れてしまうのだ。もっとも、残りが10キロでもあればそれでも対応は可能だ。しかし、残り2キロのこの地点でのメカトラブルは…致命的だ…

すぐに後方から須田と渡辺、大島が立ち止まった仲谷の所へ差し掛かる。紳士淑女協定があるロードレースとはいえゴール直前のトラブルまでは包括していない。須田にとっては天から降ってきたチャンスだ。このまま大島と渡辺と一緒にゴールまで行けば、もう間違いない、今年のチャンピオンは私だ。

「なかやん!乗って!」
大島がバイクを飛び降りて仲谷に渡した。
「でも…」
「いいから!早く、ちょっとサイズ合わないかもしれないけど、残り2キロないんだ。全部ダンシングで行けば何とかなるでしょ!いいから!早く乗れよ!早く!」

余りの剣幕に圧倒された仲谷は大島のバイクに飛び乗り再びスパートをかけた。初めて表情を歪め必死の形相を見せる。渡辺と須田を置き去りにしてフィニッシュラインへと飛び込んで行った。
仲谷から遅れる事1分。須田と渡辺がほぼ並んでゴールに入った。リーダージャージを守った須田が小さくガッツポーズを見せる。反対に渡辺は大きく点を扇いでゴールラインを越えた。

大島はサポートカーから下ろしてもらった予備のバイクでゴールに入った。後方から来た島田や柏木と同じ位置。トップの仲谷から4分以上の遅れだ。

「なかやん、やったね!おめでとう!」
大島が笑顔で仲谷に手を差し出した。
「あの…優子さん…」
「なんだよ。野暮な事は言いっこなしだよ。私はアシストとして自分で判断してああしたんだから。」
「でも、そのせいで山岳ジャージも…」
超級山岳しかも、山頂ゴールはポイントが3倍増になる。山岳ジャージは大島から渡辺に持ち主を変える事になった。
「なかやんがこのジャージ着たいって言うようなら私も怒るけどね。ちゃんと東京では黄色いジャージ着てもらわないといけないんだから。」

大島はそう言ってその場を後にした。
「ユウコ、ありがとう。アナタの判断はチームを救いました。少なくともサヤカとアカリの差は大きく縮まった。サヤカの脚はまだ振フレッシュです。逆転のチャンスはまだ残されました。アナタがあそこで決断してくれたカラです。」
大島はランスの言葉に答えずにこっとだけ笑ってその場を去ろうとした。

2・3歩歩いたところで思い出したように振りかえる。
「ランス…私、まだ理解できないんです。エースを勝たせるのがアシストの仕事だって事はわかります。だから、私は自分のバイクを迷う事なく差し出しました。でも…どうすれば仲間の勝利を喜べるんでしょうか?私、どうしても、あそこに立つのがなんで私じゃないんだって思っちゃうんです。」
大島の大きな瞳に涙が浮かんできた。悔し涙だ。ランスにもそれはわかった。

「Yuko,Devenez le soleil」
「え?なんですか?私、英語わからないんですけど…?」
「フランス語デス。アナタは太陽になりなさい…そういう意味デス。」
「はあ…ありがとうございます…」
ランスの笑顔に大島はそれ以上聞く事を諦めた。

太陽…か。アシストって所詮影の存在じゃないか…なんでそんな事言うんだろ。

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Comment

いつも楽しく読ませてもらっています。
早速話の内容に移らしてもらいますが、なかやんが良い活躍をしましたね。誰が言ったか忘れましたが、一人はみんなのためにみんなは一人のためにという自分が一番好きな言葉なんですけど、それと話の内容がピッタリです。優子はなかやんの為に自分はどうなってもいいからなかやんに勝って欲しかったのがよく分かります。四谷さんのスポーツ小説は細かく書かれている点がいつも凄いなぁと思います。楽しみにしています。

2012.02.03 (Fri) | なたや #LkZag.iM | URL | Edit

>>なたやさん

One for all,All for one.ですね。
いい言葉です。

ただロードレースの場合、もうちょっと深い意味もあります。
アシストは「自分はどうなっても勝ってほしい」というより「勝たせること」が仕事なんですよね。その辺りをもっと深く書いていきたいですね。

2012.02.04 (Sat) | 四谷 #mQop/nM. | URL | Edit

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