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53.



やった…やったよ。夢じゃないよね?もー夢でも何でもいい。夢なら目を覚まさなきゃいいんだもん。やっと着る事が出来たんだ。憧れのこの黄色いリーダージャージ。やっと来たんだ、私の順番が。良かった。今まで諦めずに頑張ってきてよかった…

須田亜香里は宿舎の自室でマッサージを受けながら枕元に丁寧に畳まれた黄色のジャージに何度も何度も触れてみた。やっぱり夢じゃない。あの表彰台で受けた祝福の拍手と歓声。全部現実の事なんだ。

「ありがとね、珠理奈。きつかったでしょ?」
「ううん。山ではずっと玲奈ちゃん達が牽いてくれたし。」
「そうじゃなくて…身体じゃなくて気持ちの方。やっぱリーダージャージ着たかったでしょ?」
松井玲奈と珠理奈。チームでのささやかな祝杯の後、二人は何となくそのままレストランに残り会話を続けていた。

「そうね…そんな着たくないよっていうと嘘つきになっちゃうよね。やっぱ、ちょっとは悔しいかな。でも、今はそんな気持よりチームが勝つほうが大事。」
「お~珠理奈も大人になったね~」
玲奈が嬉しそうに笑った。ふと見た横顔が本当に大人に見えた。
「なんか不思議。前を牽いてるとね、後ろからすっごい気持ちが伝わってくるんだ。なんかね、信頼されてるのがわかる。私が勝てなかったのは、もちろん力が無いって事もあるけど、チームメイトを本当に信頼できてなかったからなのかな…って。あかりんからはそれが伝わってくるんだ。だから…絶対勝たせてやろう!って心からそう思えたんだ。だから、苦しくなっても頑張れた。」

よかった。きっとこの子はこれから強くなる。エースは時として他人を犠牲にしてのし上がっていかなくてはならない競技だ。だが…だからこそ、支えになってくれてる色んな者の痛みを知る事が必要だ。玲奈はずっとそう思っていた。支える側はその痛みがあってもその先にあるものを得る為には喜んでその身を投げ出すんだ。本当の信頼関係はそれぞれの痛みと喜びを知る事で生まれるものだ…珠理奈はきっとそれに気付いたはずだ。

「そろそろ寝ようか。珠理奈、あかりんと同室でしょ?私も声かけてから寝るよ。」
二人は立ち上がって部屋に向かった。

「あれ?にしし…どしたの?」
中西優香がいた。ベッドに腰掛けて優しい表情を横になっている須田に向けている。
「しーっ…疲れたんだよ。やっぱ。」
「寝てるの?」
玲奈が須田の顔を覗き込んだ。
「笑ってるよ。寝ながら…」

柔らかな笑みを浮かべながら寝息をたてる須田の両手には黄色いジャージがしっかりと握られていた。子供がクリスマスにサンタからもらった大切なおもちゃを守るかのように胸元に引き寄せてる。

「こんな可愛い顔してて、負けん気だけは強い子だからね。」
中西が顔にかかった須田の髪をかきあげてやりながら言う。
「入ってきた時は空回りばっかしてたもんね。私や鰹にぼろくそに怒られて泣いてばっかだった。もう辞める辞めるって。」
「そうだったよね。でも、次の日になったらまた笑っててさ。顔をくしゃくしゃにして、おはようございます!って。すごく努力してた。同期の小木曽とか木崎とかの方が先にレースに出るようになった時も腐らずに笑って山を登ってた。」
中西の思い出話に頷きながら玲奈もベッドに腰を下ろした。

「腹の中では悔しかったんだと思うな。今に見てろって。」
「そうだね。野心とか向上心とかは誰よりも強かったんだと思うよ。」
珠理奈の言葉には中西も同意だった。

「でも、これで満足なんかしないでしょ、あかりんだって。」
珠理奈が急に厳しい顔になって言う。そうだ、まだレースは終わったわけではない。
「そうね。明日が大一番。有利な立場に立った事には変わりないけど、レースは終わってみなきゃわからないからね。」
「よし。明日の為に気合入れて寝よう!」
「珠理奈…そんな寝る前に気合入れたら…寝れなくなっちゃうよ。」

「う…~ん…」
大きな笑い声に反応するように須田が寝返りを打った。
玲奈と中西は口元に指を当てて、そっと部屋を後にしていった。

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