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50.


ロードレースの世界には常にドーピングの影が存在していた。本場のツール・ド・フランスでも薬物スキャンダルで資格剥奪や総合優勝のタイトルを無かった事にされるケースが度々起こきている。ドーピングチェックの精度が上がれば次に新しい手法が開発される。いたちごっこはいつまでも続いていた。莫大な資本が投下される市場で、勝利が何よりも優先させる風潮の中、ロードレースの存続自体を危惧する声すら上がっているのが今の環境だ。

小野恵令奈が取った手法は「自己輸血」だった。事前に採取した自分の血液を冷凍しておき、レース直前に輸血する。そうする事で血中のヘモグロビンが急上昇し血液が酸素を運ぶ量を劇的に増やす効果がある。持久力が飛躍的に向上する一方で、この手法は心臓への負担が大きい事から当時から禁止事項であったが、その検出が極めて難しかった事から、手を染める選手が後を絶たなかった。

仁藤がこの事実を知ったのは、レース直前だった。秋元才加の言葉に耳を疑った。秋元は自らの身体をストイックなトレーニングで作り上げる。その凄まじいまでの質と量は誰にも真似する事が出来ない。だからこそ、歪んだ手法に走った小野が許せなかった。宮澤もその話を聞いて激怒した。単純すぎる程の正義感を持つ宮澤の怒りも激しかった。
小野を告発しよう。秋元と宮澤はそう言った。

「私に任せてもらえませんか?」
仁藤は二人にそう言った。ドーピングは許されない事だ。小野がどういう処遇になっても自業自得なのは私も理解できる。だけど、最近はドーピングを起こした場合、そのチームも死角剥奪の憂き目にあう事がほとんどだ。大丈夫、小野をこの世界から抹殺すればいい。

下りのスピードが乗り切ったところで進路を急に変えた。ほんのタイヤ一つか二つ分だ。それだけでよかった。小野の姿が宙に舞ったのをこの目で確認した。血まみれになって倒れる小野の姿を見ながら思わず笑みがこぼれてきた。何人かを巻き添えにしてしまったのは失敗だった。あれは私の未熟さだった。しかし…復讐には犠牲がつきものだ。私はこのロードレースに巣食う悪魔に復讐しなくてはいけないんだから…


大平峠の山頂を大島が通過した。これで山岳ジャージは大島に確定だ。しかし、すぐ後ろに後続集団が迫っていた。相変わらず先頭を牽いているのは島田だった。下りに入った。登ってきたのと同じような荒れた路面、タイトなコーナーが続く道を、今度はもの凄いスピードで下って行く。下りは体重がある方が圧倒的に有利だ。あっという間に島田が先頭に追いついた。

大島も前田も…追ってきた栄の選手たちも、渡辺も指原も消耗しきっていた。ペダルを踏む事なく惰性のまま坂を下って行く。大島の狙いは成功した。この感じなら明日以降…特に明日の乗鞍への影響は避けられまい。
「無茶しますね、優子さん。でも、確かに私たちもキツイけど、それはK'sさんも一緒ですよね。幾ら前田さんと二人で来たって言っても、その感じじゃ明日は同じ条件ですね。」
松井玲奈が大島に言う。

その時、島田が先頭に出た。ペダルを回す。下りでアタックをかけてきたのだ。まだ余力はある。なら私がすべきことは…優子さん、ついてきますよね?
「おもしれー。願ったりかなったりだ。」
大島が笑顔で後を追う。仁藤も反応した。やむなく後続もスピードを上げた。渡辺と指原だけがその場に自重した。ここまで大島がやってきた撹乱作戦を今度は島田が仕掛けた形になった。

島田…ダメだよ。アンタはやり過ぎた。大方、小野とグルになってるんだろうけど、アイツはアンタを裏切ったんだ。今日のレース後大きな騒ぎが起きる…そう小野は言ったそうだ。多分、今日だけは検査に引っかかるような仕掛けをしてるんだろ。大丈夫、アンタの名誉だけはワタシが守ってあげる。でも、ダメだ。これ以上はこの世界で輝く事は私が許さない。

ね、ワタシのお姉ちゃんもアンタによく似てたよ。強くて逞しくて…そして速かった。でも…悪魔の囁きに勝つ強さを持っていなかった。お姉ちゃんは薬物の投与が明るみになってレースの世界から追われるように去っていった。それまでの栄誉も何もかも失ってね。だから、ワタシは汚い世界に手を染めた人を許さない。どんな手を使っても潰すって決めたんだ。その為にいつも強い選手の側で走れるよう自分を鍛えた。エースキラー…いつの間にかそんな風に呼ばれるようになってたけどね。

仁藤が島田の前に出た。時速100キロに迫るスピードの中、仁藤は冷静に急ハンドルを切った。あの時と同じだ。でも、大丈夫、今回は二人しかいない。仕方の無い事とはいえ、巻き添えは居ないほうがいい。急ブレーキ音が聞こえるはず…このスピードだ、ひとたまりもないだろう。

次の瞬間仁藤の視界に入って来たのは、上下が逆さまになった光景だった。島田がダンシングで加速していた。え?下りでダンシング?こんな高速で?アイツ、なんてバランス感覚なんだ。バランス感覚はドーピングでは向上させられないはずだよ?ブレーキ踏む事じゃなく、加速する事で危険回避した?ライン外してクラッシュしたのは私?やべ…優子さん…大丈夫か。ちょっと距離が開いてる。何とか巻きこまずに済みそうだ。でも…あ~この下、崖じゃん。しまったなぁ。恵令奈もあの時、こんな光景を見たんだな…

仁藤の身体がコース脇の崖下へと消えて行った。

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