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35.



仁藤と一緒に集団を飛び出したのは、スキルAの倉持明日香、チームBの平嶋夏海だ。さすがに各チーム強いアシストをチェックに出した。先行した珠理奈・須田と合流し5人の逃げ集団が形成された。
メイン集団の先頭にはサイクル4に代わってK'sレーシングが立った。本来、ここで集団をコントロールするのはサイクル4の役割だ。リーダージャージを着ているのは島田だし、逃げ集団に選手を送りこんでいないので、リーダージャージを守るか手放すか…その選択をする権利と義務があるからだ。しかし、この難しい局面では実業団チームに仕切らせておくわけにはいかない。秋元と宮澤が先頭に上がるのをサイクル4のメンバーが遮る事など出来なかった。

甲賀市に入った。登り勾配が徐々に強くなってくる。K'sの集団コントロールは完璧だった。逃げ集団との差をきっちり3分に留めながら進んで行く。向こうは5人、こっちは175人。この差なら前を吸収するのにそんなに苦労はしなくていい。
差を一定に保てたのは、秋元と宮澤のコントロール力だけではない。逃げ集団に入った仁藤の力によるものが大きかった。逃げ集団の5人の中で先頭を牽く時間が圧倒的に長いのが仁藤だった。恐らく一人で半分以上の時間牽いていただろう。その中で巧みにペースを調整していたのだ。こうやって有力選手の飛び出しを押さえながら後方との連携でレースそのものをコントロールできる…大島優子個人の強さだけではない。K'sの強さはこのチーム全体の連携力の強さでもあった。

「珠理奈、後ろがきっちりコントロールされてる。これじゃ逃げはきつそうだ。一旦戻っても構わないぞ。」
栄中日のサポートカーから湯浅の指示が飛ぶ。珠理奈が須田の表情を覗き見た。
「ですね…確かに簡単には逃げれないですね…ま、今日は挨拶出来たって事で良しとしますか…やっぱり、怖いなぁ、仁藤さん。」
須田が仁藤の方を見て笑った。仁藤が微かな微笑みを返す。逃げ集団のペースが落ちた。ここから先は本格的な鈴鹿峠の登りだ。脚を使う前に諦める選択はむしろ賢いと言って良いだろう。一緒に逃げ集団に参加していた倉持も同じ考えのようだ。

だが、一人だけが違う考えを持っていた。チームBの平嶋だ。集団のペースが一気に落ちたところで一人だけ逆にピッチを上げ峠を登り始めた。あっという間に差が開いていく。
「おい、平嶋。行くな!戻るんだ。ここから一人で逃げれる程甘くないぞ。それに…お前は自分の仕事を忘れたのか?」
「ここまで逃げたんです。勝てるかもしれないじゃないですか!」
平嶋はインカムから聞こえてくる戸賀崎の声に答えて言った。
「バカ野郎。お前、チームオーダーを無視するのか?」
「だって、みすみす勝てるチャンスを放棄する事はないじゃないですか。やっぱり間違ってますよ。他のチームを勝たせる為のチームオーダーなんて。私だって一度くらいは喝采を浴びてゴールラインを越えてみたい。」
「しかし…お前の気持ちはわからんでもない…いや、よくわかる。だが、今日は無理だ。他の4人はもう降りてる。メイン集団も統率がとれている。ここから逃げても、お前はただのドン・キ・ホーテだ。」

戸賀崎の声を振り切って、平嶋が先頭で鈴鹿峠の山岳ポイントを超えた。スプリンターの平嶋が水玉の山岳ジャージを着る。レース序盤にたまに起こる不思議な現象だ。峠を登ったら、今度は下りだ。山頂ゴールのステージ以外では登ったら必ず下りがある。スプリンターはおおむね下りも強い選手が多いが、平嶋はそうではなかった。平坦では上手く使える自分の体重を味方にする事が上手くない…いや、下手と言っても良かった。それを平嶋自身もよくわかっていた。だから、普段は丁寧にラインを取りリスクを押さえた走りをする。だが、勝てるかもしれない…そんな欲が平嶋から注意心を奪い取ってしまっていた。いつもよりもほんの少しだけ厳しいラインでコーナーに突っ込む。いつもよりほんの少しだけ速い速度で下りを駆け下りていく。勝つ事への欲が平嶋に勇気を与えていた。しかし…それは蛮勇であった。

比較的緩やかな右カーブ、ガードレールギリギリをトレースしようとした平嶋の視界に観衆の姿が飛び込んできた。ロードレースは選手と観客の距離が最も近いスポーツの一つだ。平嶋は一瞬それを避けようと体重を左側に逃がした。100kh/h近くのスピードではほんの少しの体重異動でバイクの挙動が大きく変わる。ほんの100分の1秒…いや1000分の1秒かもしれない。一瞬の判断ミスが事故を呼ぶ。

平嶋の身体が宙に舞った。

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