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23.



「仲谷さん。仲谷明香さんですよね?すみません、サイン頂いていいですか?」
街中で突然声をかけられて、仲谷は驚いて振り向いた。
サインなんて今まで求められた事がない。しかも、サイクルイベント会場でジャージを着てる時ならまだわかる。スキルA、K'sレーシングという有名チームのジャージを着ていればそういう事もあるだろう。もっとも、ジャージ姿の時ですら経験がない事だったが…

振り返ると、そこには車椅子姿の若い女性の姿があった。
「はい。でも…私なんかでいいんですか?」
仲谷が中腰になって、女性が差し出した色紙とサインペンを受け取った。慣れない手つきで色紙にサインを書く。
「えっと…○○さんへって入れましょうか?」
「はい、お願いします。恵玲奈って言います。小野恵玲奈。」
「恵玲奈さんへ…っと…??小野恵玲奈…さん?あれ…どこかで…」
仲谷が記憶を辿るように眉間に皺を寄せた。すぐに頭の中に小野のジャージ姿が蘇ってきた。グリーンのジャージに身を包んだ小野恵玲奈の姿だ。

小野も自分の事に仲谷が気付いたのがわかったようだ。舌を出して笑う。
「ちょっとお時間頂いていいですか?実は、アナタに大事な話があるの。」
仲谷が頷いた。


込み合った喫茶店の隅のテーブルに二人は向かい合わせて座った。むしろ、サインをもらいたいのは私のほうだ。仲谷はそう思った。大怪我で引退したが、私にはこの人の眩い活躍シーンを幾らでも思い出せる。確か、私より年下だったはずだ。でも、何年も前から国内メジャーレースで何度も表彰台に上ってた。今では大スターになった大島優子と肩を並べる…いや、将来性では大島よりも上だと言われてた逸材だった。

「ごめんなさいね。突然。」
「いえ…構いませんよ。多分、最初から私に何か話をしたくて声をかけてきたんですよね?」
「ばれてた?」

仲谷は静かに頷いてコーヒーカップを口に運んだ。どうやら、ファンが憧れの選手とおしゃべりを楽しみたい…そんな雰囲気ではなさそうだ。小野の話に耳を傾けた。




「あっちゃんが危ないって…?」
「ごめんね。こんな藪から棒な話で。でも…私にはそう思えて仕方ないの。」

小野の話は仲谷にとって突拍子も無いものとしか思えなかった。もちろん、小野としても確証があっての事ではない…そういう前置き付きの話であった。

「じゃあ、小野さんが巻き込まれた事故…あれも仕組まれたものだって事?」
「私はそう信じてる。」
「どうして…?そんな風に思えるのかしら?」
「笑ったのよ。あの人。血まみれになって倒れてる私を見てね。」
「でも…チームメイトでしょ?なんの為にそんな事…?」
「エースは一人でいい…そういう事なんだと思う。」

そうか…だから、あっちゃんを…。新参者がエースとして君臨する事を嫌って、今度は彼女が狙われる…そう言いたいのか。確かに理屈が通らない話ではないが、それにしても無理が多すぎる。恐らくこの人は、自分がもう走れない事の理由を探してるうちに錯綜してしまったんだろう。誰かのせいにしないと気持ちが治まらない…そんな小野の状況に同情は出来ないでもないが…とにかく、この話はこの位でいいだろう…そう仲谷は思った。

「うん。ご忠告ありがとうございます。気をつけますね。」
「あの…私の事信用出来ないのもわかる。でも…」
「小野さん…一つだけアナタに教えておきたい事があります。」
仲谷が小野の言葉を遮った。
「新しいK'sレーシングのエースはあっちゃんじゃないわ。」
「…?どういう意味?」
「それは…ツール・ド・ジャパンを見てればわかるわ。」

そう言って仲谷はレシートを持って立ち上がった。

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