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19.


「…さん、前田さん?…前田敦子さん…?」
ホテルのロビーのソファに一人で座っている前田を見つけ大島優子が声をかける。
ツール・ド・ジャパンを1カ月後に控え、K'sレーシングの面々はヒルクライムの調整と顔見世を兼ねて国内最大のヒルクライムレース、全日本マウンテンサイクリング、通称乗鞍ヒルクライムに出場する為に現地入りしていた。
「…ん?ああ、私?ごめんね~」
「あ、こっちこそごめん、急に声かけちゃって。」
「いいの。気がつかなかった。前田さんなんて呼ばれるの慣れてないんで。」
「そうなの?…えっと、なんて呼べばいいのかな?あ…私の事覚えてる?」
大島が手に持っていたチョコレートを遠慮がちに差し出して聞く。
前田が笑顔でそれを受け取った。
「もちろん~、ね、あっちゃんって呼んでもらっていい?私も優子ちゃんって呼ぶから。」

あれ?前田敦子って、こんな感じだっけ?
ヨーロッパに行ってから2年くらいだっけ…そういや日本にいた頃には何回も一緒に走ったけど、あんまり話した事なかったな。なんか、とっつきにくいっていうが、マイペースっていうか…こんな人当たりがいいイメージなかったんだけど…

「優子でいいよ。ちゃん付けってなんかくすぐったいから。ねえ、いきなりでなんなんだけど…聞いていいかな?」
「ん~なあに?」
「なんで日本に帰ってきたの?」
「あははは~。ホントいきなりだね。う~ん…契約の事、私良くわからなくてさ。なんか、エージェントに、来シーズンはランスのチームで走るよって言われてて…そしたら日本のチームだった。」
前田は無頓着に笑った。大島にはその笑顔が理解できなかった。私からしたら、ヨーロッパのチームで走るって事はもの凄い憧れだ。しかもそれなりの実績を残した後ならなおのこと、どんな条件でも向こうに残る事を選択しただろう。この人は、そんな風な拘りが無いんだろうか…?

「それから…これは、聞きたい事って言うか、言いたい事かな…あのね、いくらあっちゃんが向こうで実績を残していて、鳴り物入りでウチに入ってきたからと言って、私はエースの座を譲るつもりはないから。私だって今年のジャパンに懸けてるんだ。」
「それは…私が決める事じゃないから…」
「そうね…チームの戦略はランスが決めるんだもんね。」

調子狂うなあ…ホントは、会ったら面と向かって挑戦状を叩きつけるつもりだったのに。日本で一番は私。ヨーロッパでの実績を持つ前田より上だって事が証明できれば、今度こそ私にだって海外から声がかかるはず。でも…同じチームではなかなかアピールする機会すら持てないかもしれない。だったら、ランスは大島を選んだんだ…そういう風にアピールするしかないじゃないか…
でも…なんか、暖簾に腕押しっていうか…直接話してても全然手ごたえがないや、この人。威圧感っていうか闘志っていうか迫力っていうか、そんなモノが全然伝わってこない。TOJで見せたあの圧倒的な強さって、どこに隠れてるんだろう?

「ね、明日、本気で走ってみない?」
大島はけしかけてみた。ヒルクライム最高峰の大会といっても市民レースレベルでの話だ。全開で走ってもダメージが強く残るレベルのものじゃない。それに、本番のジャパンでも走るコースだが、その時はこれを登り切った後も幾つかの山を上り下りするハードな設定なんだから。
「ん~。私はいつだって本気のつもりで走ってるんだけどなぁ。それなのに、やる気ないって言われちゃう事多いんだけど。」
前田が笑った。

ダメだ…この人が顔色を変えるにはどうすればいいんだろ?
大島は苦笑いを浮かべてチョコレートを口に運んだ。

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