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2.


「店長、マジですか?幾らなんでも、それは無謀じゃあ…?」
「うん?そうかなかあ?まあ、総合優勝争いは無理としても、平坦ステージでの1勝をターゲットにすれば案外イイ線行けるって思ってるんだけど。」

朝練後のひと時、ショップの開店までの時間、作業台の周りで自転車談議に花を咲かせるのがメンバーの週末の楽しみの一つだ。その時、思い出したように店長の野呂佳代が発した言葉にその場の全員が耳を疑った。

「来年のツール・ド・ジャパン、ウチの店が実業団枠でエントリーする事になったから。」

ツール・ド・ジャパンは国内自転車レースの最高峰だ。本家のツール・ド・フランスに比べると全7ステージと規模は非常に小さいものの40年を超す伝統がある。しかし、大きな注目を集めるようになったのはここ数年といってもいいだろう。自転車ブームが追い風になるとともに、ここを踏み台に本場のツール・ド・フランスへの出場を果たした前田敦子の存在が、このレースの注目度を一気に高めていた。欧州中心のロードバイクマーケットは日本という市場に新しい可能性を見出し、各プロチームは前田に続く逸材を血眼になって発掘しようとしていた。その事が、日本のロードレーサー達の意識を劇的に変えた。世界最高峰のグラン・ツールの舞台はもう決して夢ではない。自分たちにもチャンスがあるんだと。

もちろん、このレースに参加するのは国内のプロチームがほとんどだ。メーカーやスポンサーからの支援を受け、「プロ」として走る。そんなエリートレーサーにしか走る事を許されない。それが「ツール」だ。
野呂の経営する「サイクルショップ・フォー」は、千葉・埼玉に4店舗を展開するスポーツサイクルの専門店としては規模の大きな自転車店だ。特に千葉県柏市の本店には実業団登録したローディが集まり、ショップ系のロードチームとしては国内最強の呼び声も高かった。とはいっても、そこは「実業団」。市民レベルのレースでは無敵の強さでもプロとの差は大きい。実際、島田はまだ大学生だし大場や島崎も普段は普通の社会人として仕事を持っていた。市川に至ってはまだ高校生である。

「みんなは嫌?あの舞台で走れるって事だけでワクワクしてこない?」
野呂はすっかりその気だ。
「でもねぇ…実業団枠って毎年言われてるじゃない?。記念で出場するだけのチームなんか出てくる価値ないって。なんか肩身狭いのもねぇ。」
大堀恵がため息をつきながら言う。選手登録してるメンバーでは最年長で、頼りになる姉貴分の存在だが、さすがに腰が引けている。
「でも…初日の平坦コースだけに絞って突っ込めば…テレビに長い時間写るくらいはできるかもしれないですよ。そしたら、店のいい宣伝にもなるじゃないですか。」
島田が何かを企んだような表情で言う。

島田にはちょっとした自信があった。ただの自転車バカになりたくない。そう思ってプロチームからの誘いを断って進学した島田だったが、この1年、アマチュアのタイトル…特に平坦路で行われるレースののタイトルを総なめしてきた。市民レース最高峰のツール・ド・おきなわでも優勝し、卒業後はプロでやっていく自信のようなものが芽生え始めていたときでもあった。

「私は挑戦出来るだけでも光栄だな。でも、ジャパンって1チーム9人でしょ?この中での競争も厳しそう。せめて常時第2グループで走れるようにならないとなぁ。」
輪の一番外で話を聞いていた浦野一美が目を輝かして話した。
「お~シンディさんがその気だ~」市川が茶化す。
「こら。私だってまだまだ若いモンには負けないからね。」浦野の言葉に笑い声が起きた。
「じゃあ、決まりだね。あと10カ月。長いようであっという間に来ちゃうよ。」

来年9月の大舞台に向け、一つの小さなチームの挑戦がスタートした。
もちろん、この時にはこのチームの存在がレース全体を大きく左右することなど誰も知る由もなかった。

もちろん、ここにいるメンバーでさえ。

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