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戸賀崎はここに来て初めて苦渋の表情を浮かべた。

やはり俺の判断は間違っていたんだろうか…?
合宿の前から玲奈の異変には気づいていた。エントリーを辞退してきた時、俺は玲奈に言った。
それも賢い選択だと。お前には先がある…

しかし、お前はもう陸上選手としてはやっていかない、いやいけないんだと言った。
そんな私がみんなに迷惑をかけてはいけない…と。
俺はその言葉を聞いて、玲奈に頼んだんだ。
走ってくれ・・・どんなに遅くても構わない。歩いてもいい。たとえ襷が途絶えても構わない・・・と。

俺が馬鹿だった。お前が・・・責任感の強いお前がいったん走ったらそんな中途半端な事なんて…
そんな事なんて出来ないって事くらいわかってたのに…

玲奈。すまん…俺は…カッコいい事言いながら、お前の力に頼ってしまっていた。
大切な選手を預かっていながら…俺は監督失格だ…


玲奈自身もちょっと動揺していた。この1週間、調子は回復してきていた。痛みもなかった。
しかし、今日の気温か…山から吹き下ろしてくる冷たい風の影響か…状況はこの1カ月で最悪かもしれない。
でも…このまま何とか行けば…幸い亜香里がたくさん貯金してくれた。
トップは守れないかもしれないけど、そう差はつけられずに次へつなげるはずだ。

玲奈のペースが一旦上がる。
10キロ…11キロ…12キロ…徐々に後続との差が縮まっていくが、何とか踏ん張っている。

動きがあったのは、後方集団だ。
小森が仲川に並ぶ。一気に抜こうとすると仲川がぴったりその後ろにつき、またすぐに前に出る。
そんな事を繰り返しながらどんどんペースを上げていく。
気が付けば、前を走る峯岸みなみに追い付いてしまっていた。
子供の追いかけっこのような争いに峯岸まで加わった。

鬼ごっこのような並走が続く。ペースがどんどん上がっていった。
3人の顔には笑顔すら浮かんでいるように見えた。
「はるごん。いいよいいよ。そのまま行け!」高橋の声がかかる。
聖ヴィーナスの伴走車では浦野が呆れたような苦笑いを浮かべている。
「もう…小森…仕方ないなぁ。行くとこまで行っちゃえ!骨は拾ってあげるから。」


中継カメラがそのデットヒートを捕らえている時、突然絶叫が飛び込んできた。

「第1中継車です。大変な事がおきました。先頭の学連選抜、松井玲奈にアクシデント!
20キロ過ぎ、ペースががくんと落ちまし…いや、もう歩くようなスピードだ。
学連選抜のエース、松井玲奈。まさかのスローダウンだ。残り3キロ。これは厳しい!」

「玲奈さん!」
アップを始めていた珠理奈が慌ててモニターの前に戻ってくる。
顔を歪め、脚を引きずりながら、それでも前へと進む玲奈の姿が映し出されていた。
戸賀崎が伴走車から飛び降りた。玲奈に駆け寄る。
何事か玲奈に語りかけてるのが見える。

「お願い。止めさせて。戸賀崎さん。ダメ、これ以上走らせちゃ。」
珠理奈がモニターに向かって叫ぶ。

ダメだ。確かにここまで頑張ってきて、ここでやめるのは残念だ。優勝だって十分狙えた。いや、その可能性は大きくなっていた。でも、幾ら駅伝とはいえ、箱根駅伝とはいえ、誰かの競技生命を脅かしてまでいいものでは絶対にないはずだ。長距離選手の脚…とくに股関節周りは精密機械のようなものだ。大きなダメージを受ければ…二度と使い物になる…

画面では玲奈が首を横に振っている。
目に涙はない。前を向く目には燃えるような力強さがあった。

ダメだ…戸賀崎が玲奈の肩に手をかけようとした。手が触れれば、その時点で失格。途中棄権となる。

それでいい。いいから、戸賀崎さん、玲奈さんを止めてください。
珠理奈がそう叫ぼうとした瞬間だった。
玲奈が小さな叫び声を上げて戸賀崎を振り切るようにダッシュした。
そのまま逃げるように100m…200m…走る。

初めて見た…玲奈さんのこんな顔…何だ?何がこの人をここまで突き動かすんだ?

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