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「役者が揃うぞ。矢神。」
拡声器から戸賀崎の声が聞こえてきた。その声は当然柏木の耳にも入る。
矢神は驚かなかった。むしろ、ここまで追いつかずにいられたのが不思議なくらいだ。
一方で柏木の動揺は更に広がった。追いついてからの8キロ、矢神にぴったりつかれている事が柏木の気力をどんどん削り取っていた。2分あったはずだ。ここで追いつかれるのか…

前田が来た。さすがに苦しい表情だ。
後ろに秋元が鬼の形相で続いている。

残り2キロ、4人が横一列に並んだ。一旦遅れかけた秋元も意地の走りを見せる。

自らの持つ区間記録を遙かに上回るペースで最下位から一気のごぼう抜きで上がってきた前田。その前田のペースに必死に食らいつく秋元。思うように動かない身体で矢神との差を詰め、その後もしぶとく粘る矢神を一度も前に出すことなく走る柏木。そして、華の2区でここまで強豪に劣る事無く自らの力を遙かに超えるペースで走ってきた矢神。

4人とも目いっぱいの走りだった。
もう計算もなにもない。誰か後ろについたほうが楽だとか、どこでスパートをかけるかなんて考えていない。
いや…考えられない。とにかく、この4人の中で一番先に襷を繋ぐんだ…
そんな本能にも似た思いで4人は前を向いた。

残り1キロ。

矢神は目を疑った。

壁だ。
目の前に壁がそそり立った。

2区の最大の難所は、実は残り3キロのアップダウン。特に最後の1キロの急坂だという声がある。22キロ以上を走ってきて、最後の最後に現れるこの壁のような急坂でペースを落とし、この1キロで10秒や20秒の差が生まれる事は稀ではない。

矢神は一瞬4人の中で一歩遅れた。
無理だ。この壁は越えれない。ここまで来たんだ。残りはもう幾らもない…
ここは落ちつこう。4番目でもいいじゃないか。差は…殆どないはずだ。

柏木も同じような思いに襲われていた。
おかしい…ラスト、こんなに急だったっけ?去年も走ったはずなのに…
事前の試走でもラストは確かに登りだった事は確認した。
でも…私の目の前にあるのは…これは2区の登りじゃない。山だ。5区の山登りだ。

矢神が一歩遅れ、次いで柏木も遅れた。秋元と前田が前に出る。

「久美さん!走るからには負けたくない。勝ちたい。
久美さんはそんな風に思わないんですか?」

矢神の頭に珠理奈の顔が浮かんだ。合宿最後のロード後に珠理奈に言われた言葉だ。
そうだよ、珠理奈。また忘れるところだった。負けないよ。私は負けない。
ここでトップで襷を繋いだって、私のタイムはこの4人の中で一番遅い事はわかってる。

でも、そうじゃないんだよな。私は決めたんだ。もう自分に負けないって。

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