スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

33



「大丈夫だから!まだ大丈夫!イイから、ペース上げなくていいから。」
伴走車から高橋が大家志津香に声をかけ続けていた。
蒲田の踏切を過ぎた辺りで、大家は完全に集団から遅れてしまった。ペースが上がらない。
集団のペースは例年よりもやや速かった。渡辺と木本が飛び出した事で徐々にペースがあがっていったんだ。だが、それでも大家にとっては決してついて行けないものではなかった。事実、1区にエントリーしてる選手の中では渡辺、梅田に次ぐ持ちタイムだったし、終始集団の中盤で余力を残していたはず…高橋は首をひねった。

大家を襲っていたのは、故障や体調不良ではない。名門秋英の1区を走るというプレッシャーが彼女を押しつぶそうとしていた。真面目で粘り強い…そんなところを買われて1区に起用されたのは自分でもわかってた。無難にさえ走り切れ2区はエース前田が控えている。無難に…無難に…そんな思いが大家から気力を削り取っていたのである。
どちらかというと、天真爛漫に走って実績を出してきたランナーだ。1年生の頃から主力として活躍してきた高橋にはそこまでの考えが及んでいなかったのかもしれない。

六郷橋の登りに差し掛かった。大家のペースは歩くようなスピードまで落ちた。
足元もふらついている。高橋は伴走車を飛び降りた。
「大家、いいんだ。歩いていいんだ。この先、下りがある。そこまで歩こう。」
大家は高橋の方を向いた。顔が歪んでいるのは苦痛からか、悔し涙からか…
高橋は笑った。思いきりの笑顔を向けた。
「あのさ。あっちゃん、しめしめって思ってるかもよ。去年なんか前の方で来たからあんまり人数抜けなかったって。
こりゃ、今年は何人抜きできるんだろうね?」
大家にペットボトルを差し出す。ちょうど六郷橋の下りに差し掛かったところだ。
「だから、お前の仕事はその襷をあっちゃんに渡す事だけ。
大丈夫、残り3キロ、繰り上げスタートにはまだまだ時間あるから。」

大家はピンクの襷をぐっと握りしめた。高橋にこくっと頷く。
下り坂の力を借りてペースが上がる。

よし…大丈夫だ。目は死んでない。
このまま…このままでいい。頑張れ。しーちゃん。

高橋は伴走車に戻った。

34 | Home | 32

Comment

Post comment

Secret

Page top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。