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渡辺麻友は「サイボーグ」という異名を持っていた。

表情を変えることなく、一定のペースで淡々とラップを刻む。事実、前半の10キロ、1キロごとのラップは2秒とぶれる事がなかった。八ッ山橋の登り下りもラップをぶらす事無く通過したし、給水ポイントで補助員からペットボトルを受け取る時には汗ひとつかいてないように見えた。一方木本は…相変わらずというか、終始渡辺の前に出たり、後ろについたり…まるで親の周りをはしゃぎながらついて行く子供のように走っていた。時々渡辺の顔を覗き込んだり、いきなりペースアップして先導の白バイを慌てさせてみたり。そのたびに呼吸が乱れて戸賀崎をハラハラさせたが、戸賀崎は何も言わなかった。「好きに走って来い」と言ったのだから。…しかし、木本、もうちょっと顔を引き締めたらどうだ?楽しくて仕方ないのはわかるが…


なんなんだろう?この子は。今までこんなタイプの子とは走った事がない。
さっきから、何度も私の顔を覗き込んで…あのね、私が何て呼ばれてるか知ってる?
「サイボーグ」だよ?きつくたって表情は変えないよ?そりゃ、確かにここまでは飛ばしきたからちょっとはしんどく思ってる。ウチらは往路の懸けてるんだ。少しでも早くゆきりんさんに襷を渡さなきゃいけない。所詮アンタ達寄せ集めのチームとは背負ってるものが違うんだよ。それに、そろそろアンタもしんどいでしょ?あんな前行ったり後ろ行ったり…そんな余計な動きしてると幾らフラットな1区ったって、ダメージが出るでしょ?

渡辺は頭の中で木本に話していた。正直、少しイライラしていたのかもしれない。
他のランナーの事を意識するのはめったにない事だ。

16キロ地点、「麻友!3分28。ちょっと上げ過ぎだよ!」
伴走車からの浦野の声に思わず渡辺は手元の時計に目を落とした。
この1キロ10秒もペースが上がっている。おかしい、そんなはずはない。ペースを上げるのは六郷橋を渡り切って下りに入ってからだ。短い下りだが、私には下りで絶対的な強さがある。そこでペースをあげ残り3キロ突っ込んで走り終える。なのに、ここで何でこんなにペースが上がってるの?

渡辺は初めて自分から木本の顔を見た。ちらっと…ほんの一瞬だった。
木本はにこっと渡辺に笑いかけ、手元の時計に目をやった。

「ここだ!」
戸賀崎が伴走車の中で小さくつぶやいた瞬間だった。もちろんマイクは握っていない。
木本には聞こえようもない呟きだ。その瞬間、木本が飛び出した。
2メートル、3メートル…5メートル。あっという間に差が広がっていく。

しまった…あの子…狙ってた?
あんな無茶苦茶な走りしててまだ余力あったって事?
ヤバい。ここで置いて行かれたら…

渡辺も必死に反応しようとした。しかし、身体が反応できない。イーブンペースの走りを身上とする渡辺は揺さぶられる事に慣れていなかった。ランナーの習性でここでの遅れは致命傷…そうわかっていても身体が反応しない…木本の小さな背中がどんどん遠ざかっていく。

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