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108.

「あの…島田さん…いいんですか?」
「ん?なにが?」
小嶋真子が、島田の耳に手を当てて小声で話しかけた。
そんな事をしなくても、二人の会話なんて周りには聞こえないほど、ゴール付近は大歓声に包まれている。それでも、小嶋は背中に刺さるような視線を感じていた。
「だって、ほら…一応ウチ途中棄権じゃないですか?まるで、優勝したかのような騒ぎしてちゃ…」
「OGや後援会がうるさいってか?」
「ええ…」
「何?真子、そんな事気になるの?」
「いや…私じゃなくて。」

襷が途切れた1区以降、後続の選手が見事な走りを見せれば見せるほど、途中棄権の歯痒さを外野はぶちまけた。棄権した後藤萌咲を責めるような事はしない。心の中では、あの1区がなければ…そう思っても、1年生の後藤を責める事はさすがに忍びなかったのだろう。そして、その矛先は新参で外様のヘッドコーチである島田に向けられていた。

「いいんじゃないの?誰かが悪者っていうか…責任を取らなくちゃいけないのなら。それくらいしか私の仕事なんてないんだからさ。」
余計な心配すんんじゃねーよ。
島田はそんな風に笑って、小嶋の背中に腕を回した。

「そうそう。金栗賞、アンタらしいよ。」
「え?なんで?私の記録は公認じゃないんですよ?」
「まあ、金栗賞は最高殊勲選手賞じゃないからな。当然だろ。非公認とはいえ、アンタッチャブルレコードを大幅に更新したんだから。あの走りは多くの人の胸を揺さぶった。堂々とトロフィー受け取っておいでよ。」
金栗賞は、その年もっとも素晴らしい走りを見せた個人に与えられる賞だ。
箱根を走った選手に与えられる最高の栄誉といってもいい。

「まじどっか?すんげー。真子さん!やったあ!」
小嶋の背中に飛びつくように、横山結衣が抱きついてきた。
中野郁海、坂口渚沙、そして下口ひななもじゃれ合うようにして小嶋の周りに輪を作った。
「やばい…ちょ…ちょっと私…」
小嶋の目から大粒の涙が零れ落ちた。
私の力なんかじゃない。みんなが…みんなが私に力を与えてくれたからなのに…。

「真子さん。おめでとうございます。」
はしゃぐ周りから一歩下がったところで、後藤が笑っていた。
「萌咲…アンタね…泣かせるんじゃねーよ。はは…」

来年も予選会からだ。それは今年と変わらない。
ただ、確かな事が一つある。
今年、私たちはとてつもなく大きな財産を手にした。
RESETのために。



もみくちゃにされながら、小嶋がフィニッシュラインの方を見た。
岡田奈々と西野未姫が笑いながらこっちを見ている。
なじみの顔も見える。四ツ谷大付属の先輩や後輩たちだ。
肩を組んで、ゴールテープの向こうからやってくる選手達を迎えようとしていた。

「お・め・で・と」
岡田が口だけを動かして小嶋に言った。西野も隣で満面の笑顔を見せている。


なによ。なんでそんなに笑ってるの?
悔しい顔しなきゃいけない場面じゃないの?

先頭の選手が姿を見せた。
白地に英字で染め抜かれた聖ヴィーナスの文字。
ライトブルーの襷。
大島涼花の小さな身体がひときわ大きく見える。
既に2度3度、拳を空に突き上げている。

残り1キロ。渾身の力を振り絞った大島のスパートに、高島祐利奈も懸命に反応した。しかし、最後の最後、絶対に負けない…高島はその意志を足へと伝える事が出来なかった。

努力は必ず報われる。
誰が言った言葉だったっけ?
そう、確かに何かを成し遂げるには、それこそ血の滲むような努力が必要だ。
そんな事、わかってる。

日本橋を渡る前に離された。
徐々にその背中が小さくなっていく。

高島はその背中を見送りながらも、決して力を緩める事をしなかった。
もう届かない事はわかっていた。
諦めたらそこで試合終了ですよ…
そんな漫画のセリフが聞こえてきた。もちろん諦めた訳じゃない。
最後の最後まで力は抜かない。


今日で終わり…今年で終わりだからこそ、私は懸命に努力してきた。
やり残した事なんて何もない。
後悔がないと言ったら嘘だけど、もう一回同じ事をやれ…そういわれても「もう無理」って言いたくなるくらいの事をしてきた。
でも、だから勝たせてくれってほど甘くない事もわかってる。


でも…だからこそ、私は最後まで全力で走る。
胸がはち切れたって、足が折れたってもう構わない。
それが、ここまで襷を繋いできた仲間への…
ともに競いあってきた者たちへの、礼儀だ。

努力は必ず報われる。
そう…あの言葉には、続きがあるんだ。
むしろ、大事なのはその先のほうだ。

「私は、その事を人生をもって証明します。」
そうなんだ。
今日まで頑張ってきた事。
流した汗と涙。夢への全力。
そして今日の悔しさ。

それを人生の糧にして、これからも走る。

それを証明するために、もっともっと努力しなくてはならないんだ。


高島は顔を上げた。順光の中、両手を上げてテープを切る大島涼花の背中を目に焼き付けるために。


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