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94.

「まいやん…どうした…の?」
コース上に飛び出した松村がこっちに向かって歩いてくる白石の方へ駆け出した。
すぐに係員に取り押さえられる。無理もない、今の松村は突然コース上に現れた「侵入者」だ。
警察に突き出されても止むを得ないレベルの「暴挙」といってもいい。

その姿を見て、すぐに設楽が声をかける。
「おい、松村。そのリュックに刺さってるポカリを白石に渡してくれ。係員さん、すまない。その子はウチの補助員だ。給水の為の伴奏なら許されてるはずだよな?俺は水しかもってないんだよ。」
その声で、松村の両腕を押さえていた係員がぱっと離れた。
松村が再び駆け出す。

「まいやん?痛いん?どっか痛めた?大丈夫なん?」
「ちょっと…なんでココにいるのよ?ちゃんと見てて…って言ったでしょ?」
「見とったわ!見とったから…慌ててココに来たんや!」
「ちっ…こんなカッコ悪いトコ見られるとは…」

白石は笑った。額には普段見ないような種類の汗が浮いている。
この暑さの中、顔が真っ青だ。

「どこ?どこが痛い?」
「触らないで!」
白石の大声に、思わず松村がびくんとなった。
補給の為にボトルを渡すところまではいい。しかし、下手に手を差し伸べるとその時点で棄権とジャッジされてしまう。
ただ…これ以上走るのは無理だ。残りは3キロ。しかし、今の白石は脚を引きずっている…というより、明らかに深刻なダメージに全身が襲われているように見える。今すぐ止めて担架に乗せて病院に直行しなくてはならない…と判断するほうが適切だろう。
なぜ…なぜ、設楽は止めないのだ?このトラブルになって、かれこれ10分以上は経っているはずだ。普段の設楽なら…いや、まともな指導者なら選手がなんと言っても無理やり止めさせるべきのトラブルだ。

「沙友理。いいから触らないであげて。」
低いトーンの声が背後から聞こえてきた。
振り向かなくても声の主はわかった。しかし、松村は振り向いた。
なぜ…?なぜ、アナタまでココにいるん?今は…トップ争いしてる自分のトコの選手放っておいて…玲奈さん、なんでアナタが?

玲奈には、同じ経験があった。
ラストランとなった4年生の時の箱根。玲奈は7区を走った。
股関節の故障を抱えたままの出場だった。
何とか誤魔化しながらも、最後に力尽きた。
それでも、襷をつないだ。
あのブレーキが無ければ優勝できていたかもしれない。
でも…自分の想いを受け継いでくれた。その想いがあったからこそ、今の自分がある。
白石の気持ちを一番理解できているのが、玲奈だった。


「もう…みんなで大げさなんだから。」
白石は笑顔のまま前へ進んでいた。ゆっくりと…ゆっくりと。
「無理やって。なあ、監督。玲奈コーチ。ええやないですか?ここで棄権したって。いくら箱根言うても、まいやんの将来棒に振ってまで襷繋げる必要なんてないはずと違いますか?玲奈さん!何とか言うてやってください!」

松村は今にも白石に飛び掛らんとしていた。
もういい…誰も止めないなら、私が止めてやる。
こんなところで…こんな事で、大切な私の目標を…何よりも大切な友達を失わす訳にはいかない。

「こうなる事は覚悟の上だった…んだよ。さゆりん。」
「覚悟の上って…何言うとるん?だいたい、まいやん、今まで怪我らしい怪我なんて…」

松村の脳裏に今までの情景が瞬時に浮かんだ。
走りはじめる前…走り終わった後…お風呂上り、普段テレビを見ながら…
いつも股関節を丁寧に…丁寧すぎるくらいストレッチしている白石の姿。
「アンタ待ってたら、日が暮れるわ。夜が明けるわ。」
いつも、そんな風に憎まれ口を叩きたくなるほど…丁寧だった。

「嘘や…まいやん、今まで一回だって怪我とか故障とか…言った事ないやん…」
「嘘…つくの上手いでしょ?」

馬鹿だ。
なんて、私は馬鹿なんだ。

私はいつも「あの子には敵わない」なんて弱音ばっか吐いていた。
華麗なフォームも、力強いストライドも、抜群の安定感も、圧倒的な瞬発力も…
すべては、故障を隠しながら手に入れた努力の賜物なんじゃないか。
それなのに、私は自分の弱さを棚に上げて、自分の才能の無さのせいにしてた…
私が一番真似しなくちゃいけないのは…手に入れなきゃいけなかったのは、この「強さ」だったんだ。

シード争いを繰り広げる選手たちが脇を通過していく。
途中棄権の慶育も、大きく遅れた博多大も…それに追いすがっていく秋英も。
白石の方に目もくれない。
無視してるのではない。一歩間違えば、自分もああなってしまっていたかもしれない。
駅伝とは、そんなリスクと隣り合わせなのだから。

「…まいやん…あと2キロや。こっからなら這ってでもいけるな?」
松村が白石からポカリのペットボトルを受け取った。
きっと睨み付けるような表情で前を向く。この先には、鶴見の中継所がある。
「松井。ありがとう。もう行ってくれ。」
「はい。わかりました。沙友理。麻衣。今度ゆっくり話しよう。」

運営車に玲奈が乗り込んだ。設楽は、白石と松村の後ろを歩き出す。
「監督。車に戻ってください。ちょっと走りますから。私にとってはジョグペースですけど…監督にはキツいと思うんで。」
「おい、走らなくてもいい。あと2キロだ。このまま歩いていこうや。」
「駄目ですよ。だって、いらいらしてますよ。あの子が。」
「秋元か…」
設楽が頭を掻いた。確かに、イライラしながら…いや、違うな不安そうな顔で…泣きながらかもしれない。白石の到着を待ちわびる秋元真夏の顔が思い浮かぶ。
「いや…案外、ニヤニヤしてるかもしれんで?」
「そうかもね。注目浴びて美味しいとか言って。」
「急がんと。繰上げスタートなんてさせたら、一生何かと言われるかもしれへん。」

もうトップは襷を繋いでしまっただろうか?
復路は、トップが通過して20分経ったら繰り上げスタートの措置が取られる。

それはそれでドラマチックだ。きっと、秋元はほくそ笑んでスタートを切るだろう。

絶対にさせねーよ。まなったん。
白石が歯を食いしばった。脚を一歩一歩前へ…前へ。




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