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90.

「ねえ…さゆりんと喧嘩でもしてたの?」
「ん?別に。何、こんな時に?」
「うーん。なんかいつもの二人じゃないなあって。仲良しだったでしょ?アナタたち。」
「はるたむって…ホントにいい子だねえ。」

いきなり全開で9区に入った先頭の二人と対照的に、栄京の二村春香と乃木坂の白石麻衣は静かに最初の急な下りを降りていった。まるで滑るように。
しかし、幾ら静かに立ちあがったとはいえ、優勝をかけた「戦い」だ。
そんな中で、幾ら何度も行っている合同合宿で見知った仲とはいえ、ヨソの内情に首を突っ込んでくるなんて…しかも、どうやら真面目に心配しているらしい。

「いい子…かあ。」
何度そう言われてきただろう。
今の3年生が、入学時からずっと言われ続けてきた事だ。
奈和、つう、えごちゃん、みずほ…個性が強いって言われてる杏実だってなるだって、実は余り羽目をなかなか外せない「優等生」だ。辞めていった子達…ななちょだって、美月だって、さやだって…少しは図々しさを持ててたら、もっと違った道があったかもしれない。

激しく熱い走り…それが栄京の伝統でありカラーだ。
それに背いてきたつもりはまったくない。でも、いつも言われてきた。
いい子過ぎるって。


「ねえ。いいの?もうあんなに先に行っちゃったけど?」
白石がちょっとだけ顎で前を行く二人の方を指し示す。
タイムにして20秒…ほどだろうか。その背中が徐々に小さくなっていた。

早くも5キロを過ぎた。コースはここから「裏権太坂」を登っていく。
3キロ以上続く権太坂の登り。実は2区よりも難しいのがこの裏権太の登りかただ。距離・斜度ともに2区の方がハードとされがちだが、9区は斜度に細かい変化がありペースをつかむのが難しい。常にギアを入れ替えて走る「テクニック」が要されるのだ。
下りを自重してきた二人にとって、ここで何かを仕掛けなくてはならない所だ。

「まいやん…何か迷ってる?」
「へ?私が?迷ってるって何を?さっきから何言ってるのよ。レース中だよ?」
「いや…前出たいなら出ればいいじゃん?一緒に前追おうってなら、そう言えばいいし。」
「…」

迷ってる?私が?
そういえば、何か身体も重い気がする。
この暑さのせい?
いや…違う。暑さは確かに苦手だけど、真夏に走ってるわけじゃない。
ちゃんと水分も取ってるし、体調も万全だ。
なのに…なぜか身体が思うように動かない。
さゆりんに「見ときな。150%の全力見せるなんてカッコいい事言っててこれじゃあ…」

「まいやん!何を肩に力入れてるの?」
拡声器からではなかった。玲奈の肉声が響き渡った。
「見てられないよ。まったく…はるたむもだよ。そんなダラダラ走りに付き合ってるくらいなら、今すぐ歩いたら?」

とうとう雷が落ちたか…そんな風に玲奈の怒号を受け止めたのは二村だけだった。
自分に檄が飛ばされた事に白石も驚いたし、監督車で玲奈の隣に座っている設楽も目を丸くした。
確かに玲奈は乃木坂のコーチを兼任している。合同合宿での指導も、乃木坂をここまで強くしたのも、玲奈の力があった。しかし、この箱根はあくまでも栄京のコーチとしての立場を貫いていたはずだ。

「見てられないってよ。で?どうすんの?私は前の二人を追っかけるけど。玲奈さん、あれ以上怒らせるとまた面倒だからさ。」
二村が最終確認をするかのようなトーンで聞いてきた。
白石は、大きく首を回し目を閉じた。両肩をぐるぐる回して、リラックスしようとする。

そっか…見てられない…か。
確かにそうだ。150%?よそ行きの150%なんかに何の意味がある?
自分らしく、自分の走りで限界を超えなきゃ。
じゃなきゃ、あの子…さゆりんへのエールなんかになりゃしない。

「はるたむ。前の二人追っかけるって?」
「うん。そうだよ。もう行くから。ランデブーはここまで。」
「そうだね。仲良く併走は終わりにしよう。でも…」

白石が頭の上に乗せていたアイウエアをかけた。
一瞬で二村を後方に引き離す。
まるで、高級車が高速道路でギアを変えずに一気に加速をかけたかのようだった。

「ちょ…なに?油断させておいて…って事?」
「違うよ。はるたむ、前の二人を追っかけるって言ったから。」
「言ったよ?でも、ペース上げるって事はまいやんも同じ考えなんでしょ?」
慌てて二村がダッシュをかけ、白石に追いついた。
そのままペースを上げていく。

「私は…前の二人なんか見てないよ?」
「え?」

そう。相手は前の二人なんかじゃない。
確かに手ごわい相手だ。隣にいるはるたむだって。

でも、私が追っかけなくちゃいけないのは…
今日までの自分だ。今、この瞬間の白石麻衣だ。
それを超えなくちゃ。

さゆりんが簡単には追いつけないところまで走らないと。
それが…私のあの子への友情の証だ。

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