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87.

花の2区の最大の難関が良く言われる「権太坂」ではなく、残り1キロの急な登りであるように、5区山登りの勝負を決めるポイントが箱根山中の九十九折を登っていく区間ではなく、実は残り5キロの下りであるように…
8区には最後の最後で選手を篩いにかける難所が用意されている。

遊行寺の坂を一気に上り詰めた聖ヴィーナス・高橋朱里、四ツ谷大・岩立沙穂、栄京女子大・北川綾巴の三人。一度も縦になる事無く横並びの併走のままだ。
通常、複数のランナーが集団で走るとき、併走=様子見のゆったりとしたペース・縦になって走る=ペースが上がっている…と見るのがセオリーだ。しかし、今は違う。三人の意地と負けん気、そした何よりもこの中で誰よりも早く、--それがたとえ1秒であっても--次の選手に襷を繋ぎたいという気持ちが交錯していた。誰かが一歩前に出ると、ほかの二人が更に前へ出る。その繰り返しだ。
腕がぶつかる。肩が触れる。荒い呼吸は徐々に嗚咽のような、叫びのような、何とも表現しようのないものへと変わっていく。

「白熱する2位争い。それが、それがついに先頭争いへと変わります。ついに、ついに三人がトップの乃木坂大・桜井を捕らえます。戸塚で待つ9区を走る精鋭へと繋がる襷。最初にその襷を渡すのは…今、乃木坂の桜井が三人に飲み込まれます。」

今日の実況は大変だ。
何度も何度も「信じられない」場面が訪れる。
まだ若いアナウンサーは、生の場面を実況するには乏しいボキャブラリーを熱で補おうと声を荒らげた。朴訥なその叫びは、見るものの心を不器用ながらも奮わせた。
彼も、かつては5万人の大観衆を熱狂させた男だ。百の言葉で飾るより、今のこの場面を熱い叫びで表現する方が相応しいことをアスリートとしての感性で受け止めていた。

「譲らない。譲りません。桜井。乃木坂のキャプテンです。3年生ながらチームを引っ張るキャプテン。ここで前を譲るわけにはいきません。さあ、残り1キロ。残りは僅か1キロです。しかし…この1キロが…時間にして僅か3分ほどでしょう。しかし、選手にとっては何とも苦しい…苦しい1キロです。四人が…四人が完全に横に並びました。こんな場面は見たことがありません!すごい…すごい…まったく言葉がありません。」


「言葉がないって言う割には…ずいぶんだね。上重さんって。」
「まあ…いいんじゃない?箱根らしくってさ。」
まだ薄手のウインドブレーカーを羽織ったままだ。
アップは済ませていたが、額に軽く汗を浮かべている位だ。この暑さの中涼しげな表情で、入山杏奈は川栄李奈が持っているワンセグの画面を覗き込んでいる。
「智代梨は?」
「うーん。さっきからずっと先頭争いしか写してなかったからね。藤沢の定点では、10位まで1分切ってたはずだけど。」
「りっちゃん、違うよ。10位との差じゃなくてさ。」
「あんにん…大丈夫?無茶はだめだよ?」
「うん。無茶はしないよ。襷途切らせちゃったら元も子もないからね。でも…」

入山が川栄に持っていたタオルを渡した。かわりにペットボトルの水を受け取り、一口それを飲む。
お互い怪我に苦しんだ1年だった。それでも…何とか、最後の箱根に間に合った。
このレースに臨むにあたって感慨深い思いでいるのは、すでに5区を走り終えた川栄も入山も同じだっただろう。

「でも?」
「あんな走りをりっちゃんに見せられちゃ…ね。無茶はしないけど…結構無理はするつもりだよ?」
「珍し。」
「珍しい?何が?」
「だって、そんな風に熱くなるのって見たことなかったし。」
「何言ってるの?私だって燃える時はあるんだから。」

今時のモンは…
監督の高橋みなみが、そんな風に愚痴っていた事は良く知っている。

確かに、私は闘志とかやる気とか熱意とか…そんなものを表に出すのが苦手だ。
十夢や華怜なんかの方が、たかみなさんが言う「秋英らしさ」を持ってるんだろうな…
でも、私だってちゃんとわかってる。あのピンクの襷を継ぐ意味を。
再起不能…そんな風に言われた怪我から1年。苦しかった。地獄の苦しみを見た。
今までだって、苦しいことはたくさんあった。地獄の毎日だ…そんな風に思ってた。
でも…本当の地獄はそんな事なんかじゃない。
りっちゃんがあんな顔で走ってるのを初めて見た。
決して綺麗なフォームなんかじゃなかった。でも…初めて、他人が走るのを見て「綺麗だな」って思った。あんなに汗だくで、口から涎までこぼしながら…でも、美しかった。

「頼むよ。秋英の最終兵器。」
川栄が入山の背中を軽く叩く。口に含んだ水を思わずこぼしそうになって、入山がちょっと困ったような笑顔で振り向いた。
「ちょっと。もっと綺麗な言い方ないの?」
「綺麗って…どんな風に?」
「リーサル・ウェポン…とかさ。」
「り…りーさる…うえ?」
「はははは。りっちゃんに横文字は無理だったね。」
「もー何言ってるの?お…トップが入ってきたよ。」


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気持ちやテクニック、スピード…すべてが互角だった。最後の最後、僅かの差を決するには、その時々に色んな要素がある。今日の、この場面、四人にその差はなかった。持てるもの全てをここに置いていこう…その気持ちの強さまでまったく同じだった。
まるで、訓練されたラインダンサーがステージでステップを踏むように、中継所へのカーブを四人は併走したままで曲がった。同時に9区のランナーへ襷が渡る。

襷を渡し終えた4人は、その場に倒れこんだ。
まったく同じように、空を見上げながら地面に大の字になる。

「すごかったなあ…こんなの初めてだわ…」
「朱里さん、初めて?私もですよ。ふふふふっ。」
最初に口を開いたのは、高橋朱里だ。隣の岩立沙穂がその声に答える。
「なんか、アンタがそう言うと…」
「もう。なんですかあ?」「
「なんか、いやらしーって言いたいんですよね?」
二人の話に割り込んできたのは、北川だ。上半身だけを起こして、9区のランナーが走り去った方にぼんやりと視線を向けたまま。
「なんか、私ってすごく腹黒キャラになってません?」
「え?違うの?」
桜井も会話に入ってきた。

特に健闘を称えあったわけでもない。固い握手を交わしたわけでも、お互いの肩を抱き合うわけでもない。しかし、四人の中には同じ感情が共有されていた。走ってる間、色んな事を語り合った。言葉に出したものは僅かだったかもしれない。しかし、万の言葉よりも同じ空気を感じ、同じ風を切り裂いてきた四人の中に生まれたものは、どんな言葉をも超えていた。

「ね…私たち、こんなトコで寝っころがってたら邪魔じゃない?」
急に高橋が我に返ったように身を起こし、後ろを振り返った。

「大丈夫みたいよ。ゆっくりしてても。」
春の陽気の中、すっとその空気を引き締めるような風が吹いた。
入山杏奈が四人の傍にいつの間にか立っていた。
「どうせ…次なんてしばらく来ないんだから。」

「入山さん…?」
「みんな、すごかったね。うん、すごかった。あなたが綾巴ちゃん?」
「は…はい。ありがとうございます。」
立ち上がろうとした北川に入山がそっと手を差し伸べた。
その手を借りて北川がゆっくりと立ち上がる。
「綺麗なコ…」

北川が息を呑んだ。隣の桜井も、岩立も高橋も。


春の日差しのような笑顔を入山が浮かべていた。
しかし、彼女がまとっていたオーラは、厳しく…そしてどこまでも涼しげだった。



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Comment

はじめまして!

はじめまして!!
最近、このブログを見つけまして
やっと追いつきました笑
僕は受験生なので
勉強の息抜きに読ませて
いただいてます!
最近、この小説を読むのが
楽しみすぎて
勉強をさぼりがちに
なってるくらいです笑
入試まであと9日なので
しばらくは読むのを禁止に
します笑
受かったらまた読みに来ます!
更新がんばってください。
長文失礼しました!

2014.11.06 (Thu) | 奈良48 #- | URL | Edit

No title

奈良48さん

コメントありがとう!
この時期に入試って結構早いんだね?
読むのはほどほどにしてw
試験頑張ってください!

吉報を祈ってます!
そして、またゆっくり遊びにきてね。
待ってます!

2014.11.06 (Thu) | 四谷 #mQop/nM. | URL | Edit

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