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86.

先頭集団が中継所に飛び込もうとする頃、慶育の下口ひななと博多の兒玉は並んで遊行寺の坂を登り終え国道1号線に入ろうとしていた。

下口を捕まえたのは、浜須賀の交差点を過ぎてからだった。
ようやく…とは思わなかった。下口に追いつく前に3人の選手を抜いていたからだ。
14位で受け取った襷。今は11位。あと一人抜かなくちゃシード権内にすら入れない。

兒玉は下口の斜め後ろにつけた。
こうして追いついたという事は、間違いなく下口のペースが落ちているからだ。
一気に抜くこともできたかもしれない。まだまだ前を追う事が必要だ。下口に勝つ事が目的ではない。いくら指原の指示で仮想の敵としてその姿を追ってきたといってもだ。
私に与えられたミッション…それをまだ完遂できてはいない。

それでも、兒玉は下口についた。しばらくほぼ併走の形で走る。

慶育のなまいキッズ。そう聞いていた。
ウチにもいるんだよなあ。何を言っても聞かないわがままっこが。
なんていうか、ジェネレーションギャップっていうのだろうか?たった2学年しか違わないのに、何を考えているのかぜんぜんわからない…

しかし、兒玉が見る下口の顔は想像とぜんぜん違った。
必死。
そう必死な顔なのだ。
まるで何かに追い立てられているような顔。
目を剥き、髪を振り乱し、流れる汗は留まる事すらなかった。呼吸も荒い。
こんなんで、残りの7キロ余り…遊行寺の坂を含めた登り基調のコースを走りきる事が出来るんだろうか?

「はるっぴ。どうした?もう限界か?足が止まったぞ?」

指原に言われても、兒玉はすぐペースを上げる事が出来なかった。
いや、上げなかったといったほうがいいだろう。

「行くよ。ついてこれるよね?」
自分の息もずいぶん上がってしまっている。出来れば、声なんかかけたくなかった。
敵に塩を送ったつもりなんてない。幾ら順位に関係ないとはいえ、自分の前を走っている以上、相手はすべて敵だ。破り捨てなくてはならない相手だ。

「行けんとか?勘違いしたらいけん。アンタを引っ張ろうなんて気ばなか。ただ…」
「一緒ならもっとペース上げれる…ってことですよね?」
下口がにこっと笑って答えた。
「ほう、まだ死んどらんかったと?」
「ええ。…ちょ…っと休憩してただけですよ。で?私が前牽けばいいんですか?」
「生意気ば言いよると。潰れてもしらんとよ?」
「構いませんよ。でも…潰れるのは中継所に入ってからです。」

兒玉と下口が顔を見合わせた。お互い頷き合う。
「あんたら順位とか記録とか関係なかとでしょ?どこまで上がれば気が済むと?」
「兒玉さん、そんな事考えてるんですか?シード権争いとか?」
「関係なかったい。で?どこまでいく?」
「一つでも上に。」
「おっけい。それ、乗ったとよ。」

二人のペースがぐんぐん上がっていくのを、遥か後方で中西智代梨が視界に捕らえていた。
その差は…1分といったところか。
中西も3人を抜き、秋英の順位を12位まで押し上げていた。
当面のシード権争いのライバルは前を行く博多大だ。恐らく博多に勝たなければ、名門・秋英の初出場以来続いていたシードの座は無くなってしまうだろう。
しかし、それは…自分の仕事ではない。
自分の今の仕事は、最後の最後…秋英がシード権を守れる順位でフィニッシュできるようお膳立てをする事だ。自分自身が博多より前に出る事ではない。
今からでも、なりふり構わず前を追えば追えない事はないだろう。リスクを犯してスパートをかければ、追いつき追い抜く事だって不可能ではない。しかし、今はそのリスクを抱えるべきではない。中西は自分を押さえた。たぎる気持ちと、自己の欲求を胸の中にしまいこんだ。
元々はそんな慎重なタイプではない。むしろ、がむしゃらに突っ走っては周りをハラハラさせるような走りこそが持ち味であった。

でも、今の私がかけているのはピンクの襷だ。
伝統を守る。古めかしいかもしれない。つまらない考えかもしれない。
でも、それが私の箱根だ。自分にやれる事をやる。
それが、私がここにいる存在価値なんだ。

それに…うちには…秋英には…
今の状況をひっくり返すだけの、武器をちゃんと用意している。


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