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85.

「沙友理。悪い。水じゃなくてそっちのドリンク取ってもらえる?」

シューズの紐を何度も何度も締めなおしている。緊張のせいだろう。表情が硬い。
でも…きっと緊張だけじゃないんだろうな…
まいやんが私の事を沙友理って呼ぶのを久しぶりに聞いた。
きっと、怒ってるんだろう。

「こっちな。ごめんごめん。」
「ごめん?って何謝ってんの?」
「いや、渡すドリンク間違っ…」
「そんな事じゃない。」

白石麻衣がきっとした表情で松村沙友理の方を見た。
睨みつける…といってもいい。

そうか…奈々未から聞いてるんやな。
怒り狂ってもしゃーない…チームを裏切るようなことをしたんだから。

「あのな。まいやん…」
「違うよ?怒ってるのは、沙友理が間違った事をした事じゃない。ううん。いや、もちろんそれもダメ。絶対に許せない。でも、本当に私が怒ってるのは、なんで私らに相談してくれなかったの?って事。沙友理から信頼されてるって思ってた自分が情けなくて怒ってるんだよ。」
「ごめん…」

戸塚の中継所では徐々にテンションが高まってきていた。
先頭は乃木坂の桜井だ。しかし、その後方には聖ヴィーナス、四ツ谷、栄京が猛追してきている。勝負の舞台は残り5キロ以内に入ってからになってきている。

そんな中、すでに乃木坂の9区・白石はウインドブレーカーを脱ぎ捨てていた。
春の陽光が眩しい。

「あのさ…口でなんて言っても今は無理。」
「わかってる。…わかってるよ。」
「いくら頭を下げても、土下座したってね。」
「…」

白石がオークリーのアイウエアを付けた。長い髪を後ろ手で縛り直す。
ゆっくりと屈伸を繰り返し、気合を入れるかのように何度も何度も両手で自分の頬を叩いた。
こんな風に気合を入れる白石の姿を松村は初めて見るような気がした。

「見といて。」
「ん?」
「ワンセグでも、あそこにあるケーズ電器でも。どこでも見れるでしょ?」
「まいやんの事…?」
「そう。沙友理、もう一回やり直すんだよね?弱かった自分に勝つんだよね?奈々未は信じるって言ってたよ。でも…それって並大抵じゃないよ。いい?私たちは止まらない。沙友理の事、待ってなんかないからね。もっともっと先に進んでる。沙友理はゼロどころかマイナスからのリスタートなんだ。」
白石は松村の方を向いていなかった。アイウエアの目線は、これから桜井がやってくる中継所の入り口に注がれている。しかし、その言葉には熱があった。想いがこめられていた。

「私は待たないからね。今の自分に満足すらしてないんだ。沙友理を待ってなんていられない。追いかけてくるなら好きにすればいい。」
「うん…」
「私たちは仲良しクラブなんかじゃない。そうだよね?玲奈コーチが言ってた。私は、あの人の事認めてないわけじゃないんだよ。あの人の言葉には迫力がある。何かを成し遂げた人じゃなきゃ持てない説得力がある。沙友理、アンタも自分の言葉に説得力を持たせたかったら…わかってるよね?」
「うん…」
「じゃあ、ちゃんと見てて。今の私の100%…いや、120か150かわからないけど…全部を出してくるから。見せつけてやるから。」


「乃木坂大学!それから、聖ヴィーナスも四ツ谷大も…栄京も準備お願いします。僅差…いや、同時かもしれません!横一列でラインに並んでください!」
係員の声がかかる。

4校での9区の戦いか…
こんな接戦って、ここ近年なかったんじゃない?

白石が肩にかけていたタオルを松村に投げた。
視線を向けないまま、手の平をそっと差し出す。

「いってらっしゃい。」
松村がその手に自分の手のひらをそっと合わせた。
「これから戦争に向かう兵士に、そんな辛気くさい事しか言えないの?」
白石がぱーんと松村の手を叩いた。
「ぶっちぎったれや!栄京も四ツ谷も…ヴィーナスも!」
「っしゃ。」

歓声が大きくなった。
9区の戦いが始まる。





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