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76.

2キロってこんな遠かったっけ?現役を退いても毎日朝10~15キロ走るのを日課にしてた。
ハーフ位までなら全盛期と変わらないペースで走る自信はある。
でも…たぶん無理なんだろうな。レースの緊迫感の中で走るのは、ぜんぜん違う。
たった2キロでもこんなにキツいんだから…

指原が息を切らしながら田島の横に立った。すでに到着しているドクターが水のペットボトルを差し出そうとしていた。
「すみません。ソレ、ちょっとこっちに頂けますか?」
指原はドクターからペットボトルを奪い取るようにした。
腰に手を当ててゆっくり歩いてる田島をしばらく黙って見つめる。

「芽瑠…腹痛いのか?」
田島が何度か小さく頷いた。
「苦しい…とかじゃないな?芽瑠…出そうなのか?」
指原は笑っていた。

ふざけてる場合じゃないですよ?何言ってるんですか?
こんな大事なときに…どうしようもないんですよ…私だって、こんな時にお腹が痛くなるって不甲斐ない思いでいっぱいだし。でも…茶化していい場面じゃないじゃないですか?

田島の顔に怒りが浮かんでくる。
腹痛は食べすぎて走った時に起きるような種類のものではない。
いくら大食漢の田島とはいえ、レース直前にお腹を壊すほど食べるなんてありえない。

「あははは。悪い悪い。芽瑠、笑ってみろよ。」
「笑う?さっしー。冗談が過ぎませんか?私…」
「笑えないか?じゃあ…大きな声で歌ってみろよ。ホラ、いつも打ち上げとかで歌ってるじゃない?あの歌。なんだったっけ?初恋は~エビフライ~ってヤツ。」
「エビフライじゃないです。それに…そんなメロディじゃないですし。」
「そうだったっけか?私、音痴なんでさ?なあ、歌ってみてよ。」

田島は指原をきっとにらみ付けた。
いいわよ。歌ってやるわよ。
ほんと、いったいこの場面で何を考えてるのか…

「初恋はバタフライ~つかまえないで~」
田島は歌った。大きな声でだ。
周りの観客やドクター、係員が一斉に驚いた顔を向ける。
「よし。芽瑠…いけるな?」
「はぃ?いけるって…さっしー、私は…」
田島がお腹の辺りをさすった。

あれ?
痛くない…
さっきまでキリキリしたような痛みと、小刻みな痙攣があったのに…
すっかり落ち着いている。

この気温の中、選手がもっとも警戒するのは脱水症状になる事だ。
水分補給は十分に行わかくてはならない。
しかし…一気に水を体内に取り入れるのには気をつけなくてはならない。
所謂「お腹がだぶつく」状態になってしまうのだ。腹痛と痙攣がおきる。
そして、その状態で走っていると症状は治まる事がない。痙攣さえ治まれば何とかなるのだが、それを抑えるにはいったん立ち止まって体をリラックスさせる必要がある。軽くマッサージでも出来れば簡単なのだが、レース中の選手に手を貸すとその時点で「失格」となってしまう。

「芽瑠。残り半分ある。そうだな…先頭はいいや。お、ちょうどいい。」
指原は目の前を通り過ぎていった選手のほうを指差した。
「ターゲットはアレだな。でも、まだ全開は駄目だ。また腹痛くなるから。」
「はい。わかりました。でも…」
「いーから。後にははるっぴだって、なつだってキャップだっている。大丈夫。みんなを信じるんだ。」

田島が小さく頷いてスタートを切った。
前を走るのは、秋英の森川彩香だ。その更に前方には遠く慶育の谷口めぐの姿も見えた。
森川は明らかに走りに制裁を欠いていた。谷口もこれまでの慶育の勢いを引き継いだ走りが出来ているようには見えなかった。二人とも、順位を下げていた。秋英にとっては、初出場以来守ってきたシード権確保すら危うくなってきている。

ここは凌いでくれ…何とか無事に次につないでくれればいい…
指原が後ろからやってきた監督車に乗り込んだ。


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