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63.

最後の最後に勝敗を決するのは「気持ち」だとよく言われる。
特に高いレベルであればあるほど。もちろん、技術・体力…さまざまな欠く事が出来ないものがある。
しかし、本当の最後の勝負を決めるもの…

それは間違いなく

気持ちだ。

精神論や根性論を振りかざす指導者は疎んじられる時代だ。
ちょっと熱く語ったりすると、今どきの子供はついてこない。
そういって指導法を変えていった有名指導者も多い。

しかし、惣田紗利渚はそうは思っていなかった。
確かに、高校時代全く無名で大した記録も持っていなかった自分が飛躍的に記録を伸ばしたのは、栄京の科学的論理に基づいたトレーニングだった。筋トレから瞬発力そして持久力を鍛えるトレーニング。全てが分析に分析を重ねて、自分に合わせて組み立てられたものだ。
だが、その一つ一つをクリアして行くために最も鍛えられたのは、紛れもない「精神力」だった。

「自分に負けんなよ。記録で誰かに負けても、それはいつか超える事が出来る。でも、自分に勝てないヤツは、どんだけやっても強くなれないんだよ。」
玲奈は鬼だった。毎日毎日毎日…速くなれない事に対しては一度も怒られた事はない。
だが、少しでもだれたそぶりを見せると、まさしく鬼のような形相で詰め寄ってきた。

誰でも、どんな時でも…一流…いや超一流と呼ばれるアスリートであっても、試合やレースの時「あ。勝てないかもしれない」と思う事はよくある。しかし、そんな時支えになるのは、重ねてきた練習量だ。質じゃない。量だ。どれだけの汗を流してきたのか。競っている相手よりも、絶対自分の方が積み重ねてきたんだ。その想いが、最後の最後、相手を上回る・・しそれが出来たものこそが、紙一重の勝利をつかむ事が出来るのだ。

岡田奈々も小嶋真子も。決して想いが弱かった訳ではない。
ただ…ほんの僅かだった。いや、実際差はなかったのかもしれない。
もう一度全く同じシチュエーションだったら勝ったのは小嶋かもしれない。
岡田かもしれない。

だが、それは神様じゃないとわからない。
二度と同じシチュエーションなんて起きない。

だから…だから、スポーツは面白いのだ。

号砲が響き渡った。3校の選手が揃って出迎える中、惣田紗利渚がゴールテープを切った。

白いテープがお腹の所で絡まっている。
ホントはカッコよくポーズを決めてフィニッシュするはずだったのに。
まさか、最後あそこまで競る事になるなんて思ってなかった…
あー…でもいいや。トップだよね?勝ったんだよね?
私…一番でゴールしたんだよね?

まだ実感らしいものはなかった。しかし、まるでスローモーションのように駆け寄ってくるメンバーの顔を見て、惣田はどこかほっとした気持ちになった。5区にエントリーされた事。みんなはどう思っていたんだろうか?去年に続いての連覇は誰もが願う事だった。しかし、今年は戦力的に劣る…そんな風に言われ続けてきた。
特に5区を無名の1年生に任せなくてはならない状態はどうなのか?・・・と。
それは先輩たちにとって、とても辛い声だっただろう。
「本当にあの子で大丈夫なんですか?」
私に気を使って、私の前では決して言わなかったけど、みんな玲奈さんにそう言っていたのを私は知っていた。
でも…これで…これでみんな安心してくれる…かなあ?

「さりなあぁああああ!」
「惣田ちゃああああん!」
1区を走った古畑が。2区で魂の走りを見せてくれた宮前が。
3区で見事な躍動を果たした江籠が…みんなが駆け寄ってくる。
どの顔にも笑顔があった。そして、こらえきれなくなった涙があった。
「やったぁあああああああああ!」
惣田を取り囲んだ三人から大きな声が出た。もうすぐ市野もやってくる。
4人の三年生とちょっと年のいった1年生。
惣田は声にならない叫びをあげていた。
顔は涙でくしゃくしゃになっている。

良かった…本当に良かった。
諦めないで…本当に良かった。
夢なんかじゃない。そう。これは紛れもない現実なんだ。
でも…今はしばらくこのまま時間が止まっていて欲しい。
まだレースは終わっていない。明日もある。
浮かれてなんかいちゃいけない。きっと玲奈さんはそう言うんだろうな…

でも…今は、この喜びに酔いしれたい。



5秒遅れで岡田と小嶋は同時にフィニッシュラインを超えた。
本来は往路順位を確定させる為に行われる写真判定は実施されなかった。
慶育が前でも後ろでも、順位に影響はないためだ。

「私の方が前だったよね。」
フィニッシュエリアでタオルをかけられた小嶋が岡田に笑って話しかけた。
「いや…私の方が早かった。見えたもん。ほんの数センチだけど、私のシューズがアンタよりも前に出てた。」
岡田が手を差し出した。笑顔だ。
「あのね。ゴール判定は胸が通過した時点で決めるんだよ?知らない訳じゃないでしょ?胸の差だったら…間違いなく私の勝ちでしょ?」
小嶋も笑顔で岡田の差し出した手を握った。

「真子。お疲れ。」
「あれ?未姫。もう来てたの?」
4区を走った選手は5区のゴールに間に合わないのが通常だ。
しかし、連絡をどう取って駆け付けたのか・・・・小嶋に声をかけたのは四ツ谷大の4区を走った西野だった。
「えへへ。カッコ良かったよ。真子。」
「ちょっと、先に私をねぎらうのがチームメイトってもんでしょ?」
岡田がちょっと頬を膨らませて言った。
「だって、なーちゃん。負けちゃったんだもん。せっかく私がトップで襷渡したのに。」
「ごめんね。言い訳も出来ないや…」
「だね。強かった。ほんとに。」

三人はまだ歓喜の輪を作っている栄京のメンバーの方を見た。
「明日もある。それに…あの子たち全員…来年もいるからね。来年は絶対に…」
「そうだね。私もまだまだ頑張らなきゃ。来年こそは…」
「真子…アンタ、来年何しでかす気?」
西野の言葉に小嶋がきょとんとした顔になった。
何をしでかす気って…?

「とんでもない区間新だよ。指原さんの記録を2分も上回ったってさ。」
大きなブランケットを持った田野優花が笑顔で立っていた。
中野郁海も隣にいた。輝くような笑顔を見せている。
そして、その横には後藤萌咲の姿も。
「萌咲。あのさ…」
「小嶋さん!お疲れ様でした!」
後藤が勢いよく頭を下げた。そのままの姿勢で動かない。
小嶋はしばらくその姿を見ていた。じっと見たままでいた。
後藤が顔を上げない気持ちが痛いほどわかった。
でも…私も、こんな風に素直だったら…
こうやって頭を下げれてたら…、もっと楽だったのかな?
でも…そうだったら、今日みたいに痺れる走りを経験する事なんてできなかったのかもしれないしな。

「萌咲。」
「は…はい。」
小嶋が後藤の前にかがんで下から顔を見上げた。
「明日は…ひななのトコについてやりな。いいな?」
「は・・はい。さっき、田野さんに言われました。」
田野がウインクを送ってきた。

さすが田野さん。ちゃんとわかってる。
そう。今一番つらい思いをしてるのは、ひななかもしれないんだから。

「それから…明後日から特訓だよ。覚悟しときな?」
「は…はい。わかってます!しごいてください。私…私、絶対に来年は…」
後藤の目に涙が浮かんできた。
「よし。風呂だね。風呂入ろう。せっかくの箱根じゃん。ゆっくり温泉入ろうよ。」
小嶋が後藤の肩を抱いた。


3位にはこの区間、一躍シンデレラガールとして現れた伊豆田が入った。4位には乃木坂の橋本。いったんは抜かれた秋英の川栄を再び下りでかわした。調子が上がらない中、必死の粘りで繋いだ見事な走りだった。
博多の朝長は5位まで落ちた。上げて下げて…山中でのめまぐるしい展開が、彼女の走りから本来の躍動を奪い去ってしまっていた。それでも、トップとの差は3分以内。十分復路に希望を残せる差だ。

芦ノ湖の喧騒が静まり始めた。どことなく、まだざわめきを残した静寂。
明日の朝には、再び熱狂がここを包み込む。

季節外れの暖かさ。柔らかな春の日差しが、芦ノ湖を照らしていた。
ちょっと高台になっているホテルのテラスから湖面を見下ろしていた、一人の少女が長い時間座っていた椅子から立ち上がった。意を決したような表情だ。

ポケットの中からスマホを取り出した。しばらくその画面を見つめていたが、大きく息を吸い画面のロックを解除した。

もう部屋に戻っているだろう。
画面に橋本奈々未の電話番号が表示される。

「私や…うん。おつかれやったな。見事やったで。…ええって。アンタは最低限果たさなきゃいけない事をきちんとやった。…なんか感動したわ。」
松村沙友理は湖面に目をやりながら話した。
そして一瞬間を置いて、大切な話を切り出した。


「あのな…今から、設楽監督のトコ行ってくる。」



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