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55.

参ったな…これ、早いトコ腹決めないとこのままずるずる終わっちゃう…

入りの3キロを設定よりも15秒早いタイムで通過した。
監督車の設楽からトップ集団との差が伝えられた。
中継所の時よりも30秒開いてる。

乃木坂の5区は橋本奈々未。3年連続の山登りだ。
今年の乃木坂は戦力的に恵まれていた。特に往路主体でチーム編成を組むチームが多い中で、復路にも十分力を持った選手を残した乃木坂のオーダーは各校から警戒されている。狙いはあくまでも総合優勝。そういう意味では、橋本の役割はこの5区で前との差が1秒でも詰まればそれでいいはずだった。


復路をトップと3分以内でスタート出来ば十分勝算はある。設楽の計算だった。
しかし、昨年までは戦略も含め松井玲奈の絵図の元に走っていた。
設楽の計算にどこまで信憑性があるかわからない。差は少しでも小さいにこした事はない。

30秒も差をさらに開かれたって事は先頭は区間新を上回るペースで走ってるって事だ。
四ツ谷大の岡田も、博多大の朝永も区間記録を出すような力はないはず。
今のペースで走ってれば追いつく可能性は高い…橋本はそう読んでいた。
しかし…あの子はわからない…
橋本の脳裏に合同合宿の様子が想い巡った。
熊崎と惣田。あの二人には何か「特別なもの」がある…
それは山岳のトレーニングで感じたことだ。同じ山を得意とする自分には感じ取れたニオイ。
それは、とても危険なニオイだ。
案の定、玲奈コーチは惣田を5区に起用してきた。
勝負を決する大事な区間だ。あの玲奈さんが、勝つ要素無しに無名の1年生をエントリーしてくるわけがない。

ひょっとしたら…この5区6区。栄京はジョーカーとエースを切ってきたんじゃないだろうか…

前を追うべきなんだろうな…一人旅か…しんどいな。
橋本がそう思った瞬間だった。斜め後ろから刺すような気配を感じた。
まったく警戒していなかった。橋本はプライドの高い選手だ。多くのトップランナーがそうであるいように、彼女も後ろを振り返る事が嫌いだ。
しかし、あまりの突然さに橋本は思わず後ろを振り返った。

聖ヴィーナスの伊豆田莉奈がそこにいた。

まじ?え…誰だっけ…
白のシャツに水色で書かれたSt.Venusの文字。ライトブルーの襷。
間違いなく聖ヴィーナスの選手だ。

伊豆…だっけ…ああ、そうだ伊豆田さんだ。4年生。
確か箱根は初めてのはず。
でも…え?後ろとは1分開いてたはず。それを何?4キロかそこらで追いつかれたって?
私、失速した?違う。さっき4キロを通過した時にチェックした。この1キロ、間違いなくペース上げてるはず。まだ上りは始まってない…簡単に追いつけるペースじゃないはずだ。
となると…伊豆田さん…区間新ペースで走ってる先頭よりさらに30秒以上も速いペースで追っていたってことになるじゃない?
無理でしょ?確か聖ヴィーナスの5区は…そう。全体20人中で18番目か19番目の持ちタイムだった。エントリー発表された時には「当て馬」じゃないかって言われてたくらいなのに…

橋本は伊豆田の顔を見た。すでに息が荒くなっている。
額からだけではない。腕や胸元にも汗が光っている。
この様子じゃとても最後までもたない…

まさか聖ヴィーナスともあろうチームがレースを投げた訳でもあるまいし…
監督は指示出してるのか?聖ヴィーナスも復路に強い選手を投入してる。
ここで潰れたら何の意味もないじゃないか…

判断に迷った橋本を、伊豆田があっさりかわしていく。一歩二歩と前に出た。
訳はわからないけど、この糸の切れた凧みたいになってる伊豆田は格好のペースメーカーだ。どこまでもつかはわからないけど、前を追うのに役に立ってもらおうか…

橋本は伊豆田の背後にぴったり張り付いた。


「なっきーの言ったとおりになったね。」
「でしょ?きっと橋本さん、何がなんだかわからずに後ろについたんだと思いますよ。前を追うのに好都合とでも思ってるんでしょうね。」
宿舎でテレビ中継を見ながら、内山奈月が名取稚菜の驚いた声に、さも当然といった表情で答える。いつでも外に出れるようにジャージに着替えてはいるが、まだどっかりと座布団に腰を下ろしたままだ。
「どこまで続くか…とでも思ってるのかね?」
「きっとそうだと思いますよ。この2年間の伊豆田さんを知りませんからね。橋本さんは。それに、ほかの学校の選手もみんな。」
「でも…ずなちゃん…よく納得したね。よくがんばったよね。」
「はい。本当に頭が下がります。伊豆田さんの頑張りには…」
「それを見出したなっきーもたいしたものだけどね。」

どこもこの5区に切り札を切ってきたって大騒ぎしてる。
なのに、聖ヴィーナスは?5区に用意していた朱里さんや涼花さんが調子が上がらずに、間に合わなかったとか言われてるけど…

冗談じゃない。
この5区、一番の切り札を切ったのは、わが聖ヴィーナスだ。

内山が立ち上がった。
大きく背伸びをする。

「往路優勝の胴上げ、私も隅っこだったら参加していいですよね?」
内山が笑った。名取が笑顔で頷いて答える。
「駄目だよ。見てるだけ。なっきーは明日、今日以上に世間をびっくりさせる仕事が残ってるんだから。」


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