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52.

「未姫、すごいね。あんな走り…初めて見たな。」
中継所に設置された大きなモニターには、三つ巴になろうとしているトップ争いの白熱ぶりが映し出されている。アップを終えた、岡田奈々が不意に背後からかけられた声に振り向いた。
レース前の集中してる時だ。気合も乗ってきている。
余り、無用な雑音にこの集中を邪魔されたくない。

でも…岡田は振り向いた。
声の主が小嶋真子である事はすぐわかった。
だからではない。小嶋の声が弾んでいたからだ。

「苦しそう…でも、それは昔からか。いつだって、全力疾走が未姫のモットーだもんね。」
岡田は小嶋の言葉にすぐ返事を返す事が出来なかった。
小嶋に対するモヤモヤがあったからではない。
確かに、わだかまりは強く残ったままだった。人一倍、小嶋に対しての信頼感を持っていた分、裏切られた…そんな思いが強かった。
仕方ないじゃん。駅伝に途中棄権はつきものだよ。
そんなに真子を責めちゃかわいそうだよ…
みんなに言われた。でも…違うんだ。私が怒ってるのはそんな事なんかじゃない…

「そ…そうだね。でも…」
「今日の走りは何かが違う…そうだなーあははは。ごめん上手く言えないや」
「何かの殻を破ったような…そう言いたいんでしょ?」
「そうそう!さすが。奈々はよくわかってるね。」

小嶋は笑った。
岡田は、その笑顔をただ見つめていた。


そうだよ。
私たちが、真子に引っ張られたのはその圧倒的な走力とか、勝負強さとかだけじゃない。
この太陽のような笑顔なんだ。どんなにキツい練習の後でも、「いやー今日の練習辛かったねー」って真子が笑えば、辛さなんて飛んでいった。初めて高校駅伝を制したときも、真子の泣いてんだか笑ってんだかわからないくしゃくしゃの顔が何ともたまらなかった。
私は…真子の事が大好きだったんだ。

だから…あの3年の冬。最後の高校駅伝。確実といわれた全国制覇を自らの途中棄権で潰えさせた事を一人で背負い込もうとした真子が許せなかった。真子だけのせいじゃない。私たちがもっと頼れる存在であったのなら、真子一人に負担を負わせる事もなかった。その思いを…悔しさを一緒に分かち合いたかった。


「ね。奈々。初めてだよね?」
「なにが?アンタの悪い癖。話する時はちゃんと主語と述語をね…」
いつの間にか、岡田の表情が柔らかくなっていた。
卒業して2年が経とうとしていた。長く暗く…そして深かった二人の溝は、埋まろうとしていた。
「あははは。ごめんごめん。一緒の区間で競うのって。」
「そりゃそうでしょ。同じチームだったんだから。」
「私…逃げちゃってた。奈々や未姫と同じチームで走る資格なんて無いって勝手に思い込んで…」
「逃げるって…あのね、真子…」
「違うよね。うん。違う。でも…きっと見たかったんだと思うな。」

小嶋の顔が真顔に戻っていた。
でも、ここ2年の間見てきた、どこか煮え切らないようなもじもじとした顔ではない。
岡田がよく知っている時の真顔だ。レース前何度、この横顔に勇気づけられた事か…
「だ…だから。人に話すときはね…」
「きっと、神様が見たかったんだと思うよ。私と奈々が戦うところを。」

岡田は身震いした。寒気?いや、違う。
武者震いって奴だ。これがそうなのか。
初めての経験だ。
びびってる?それも違う。
だって、今、私はこんなにワクワクしてる。
真子に何があったか、私にはわからない。
でも…今、横にいる真子は、私がよく知っている小嶋真子だ。
私が大好きな。
でも、今最も恐ろしい存在となった、好敵手の。

「戦うって?」
「うん。ラストの芦ノ湖。ワンツーフィニッシュできたらいいね。」
小嶋がまた柔らかな笑顔に戻って言った。
「ワンツー?はい?アンタね…私に追いつくっていうの?」
「なんで?」
「あのさ、真子。いくら5区っていってもさ…アンタんとこ、確かにすごいよ。2区3区は圧巻だった。この4区だって不利な条件の中で1年生がよく走ってると思う。でも…さっきより差はちょっと開いた。7分半も差があるんだよ?アンタの事待ってたら、ワンツーなんて…」
「奈々は待ってなくていいよ。私が追いかけるから。」
「追いかけるって…アンタ、今まで5区で最大の差をひっくり返したのは、7分ちょっとだよ。しかも、それをやったのはあの大島優子だよ?知ってるの?」
「知ってるよ。でも…それは、今まででしょ?それに奈々…私は追いつくなんて言ってないから。」
「はい?今、言ったじゃん。」
「いや…追いつくなんて一言も言ってないよ。最後にトップ取るのは私。奈々、アンタを追い抜くから。覚悟していて。」

小嶋は笑った。そして、今度は岡田も笑った。
付き添いの村山彩希が驚いた顔をする。
レース前にこの子が笑うなんて…

「おもしれー。後で言い過ぎたー、ごめんなんて言っても聞かないからね。」
「うん。言わないから。大丈夫。」

岡田が右手をそっと差し出した。
小嶋がその手を軽く払うようにしてまた笑う。

「おっけ。握手は終わってからって事ね。」
「そだよ。奈々。じゃあ、後でね。」
「うん。後で。」

遠くから歓声が迫ってきた。ラストのデットヒートを制して先頭で来るのは未姫だろう。
なんでって?だって、あの子はそういう子だから。

岡田はすでにグランドコートを脱ぎ捨てていた。
全身からオーラが立ち上る。

ひょっとしたら…いや、常識で考えれば7分半の差は簡単にひっくりかえるものではない。
私だって、この5区に備えて十分な準備をしてきたつもりだ。

でも、なぜだろう?
こんなに胸がわくわくする。

「みきぃいいいいいい!ラストぉおおおおお!」
岡田が大きな声を上げた。初めての事だ。
西野が驚いたような顔で、襷を掲げて中継点に入ってくる。

いったい、どうしたの?奈々。
アンタが笑って襷を受け取るのなんて…初めてじゃん。

でも。
悪くないよ。



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