スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

42.

背後から感じる空気が間違いなく変わった。今まで何度か経験のある感覚だ。
余り好ましい事ではないが、木崎はその感覚を感じ取る事に長けているランナーだった。
危険を察する能力といえば聞こえがいいが、要は臆病なだけだ…
木崎は良く仲間にそう話していた。
それはそうだ。後ろから追いついてくるランナーの気配を敏感に感じ取る力なんて。
本当に速い選手なら必要がない能力だ。

抜群の安定感。
そんな風に評価される事が苦痛で仕方なかった。
しかし、強豪校のエースとしての立場が彼女の足にいつしかブレーキをかけさせていたのかもしれない。

高校時代は楽しかった。先輩達や同級生にさえ「妹」扱いされ、のびのび走っていた。
ペースも考えず突っ走っては終盤失速。何度怒られたかわからない。
それでも、レースが終わると笑顔でいれた。先輩に髪の毛をくしゃくしゃにされながら褒められる事が嬉しかった。
「アンタはそれでいいき。思う存分突っ走るがええ。」

大学に進んで確かに大きな舞台で走れるようになった。
昨年は初めてユニバーシアードのハーフ代表に選ばれ、世界の舞台も経験した。

でも…なんとなくわかっていた。このまま、自分がどれくらいまで成績が伸ばせるのか。どの程度のタイムでこのレースを走り切ることが出来るのか。その計算できる走力が強み…そう自分で納得していた。

そして…大学最後のレースもそうなるはずだった。

しかし、後方から感じ取る危険は、木崎が全く予想すらしていないものだった。
権太坂の定点では後続との差が1分あると聞いた。監督車の峯岸も、木崎自身も設定どおりのタイムで走ってる事になんの懸念も持っていなかった。木崎の持ちタイム。今日の調子。かなり高めの気温とやや強い向かい風。「歴史的」と評される区間記録を1分半ほど下回る設定タイムは、必要にして十分。今日の2区のメンバーを見ると、このタイムで走り切れば区間賞も間違いないはずだ。

なのに、残り5キロ。権太坂の坂を下って来る僅か3キロの間に、その差を詰めてくる選手がいる。
木崎は今まで一度もレース中に後ろを振り返る事をした事がなかった。
だが…見ずにおれなかった。
追いつかれたのが、1年生だったという事だからではない。
その「気配」が今までで一番強く…そして危険に感じたからだ。

「ゆりあ。大丈夫。慌てないで。このままでいい。十分いいペースだ。無理しなくていいから。」
拡声器から峯岸の声が響いてきた。
確かに…この先は、細かいが斜度のきついアップダウンとラストの急坂がある。
ここでペースを乱したら、それこそ大きなタイムロスになってしまうリスクがある。
残り1キロで大ブレーキを起こしてしまった選手だって過去にいる。
1年生の無謀な走りにつきあってちゃ…

そう思った瞬間だった。涼しい表情の大和田南那が木崎の横に並び、そのまま抜き去っていった。
こっちを寸分たりとも見る事はない。
必死だった?
いや…違う。単に眼中にないだけだ。

木は自分の胸にぐっと熱いものがたぎってくるのを感じた。
屈辱や怒りではない。
違う。もっと別の感情だ。

おもしれー。
なに、この子?さいこーじゃん。
何も考えてませんってか?
この箱根の2区で。しかも、アンタ今トップに立ったんだよ?
それなのに、何食わぬ顔して。涼しい顔して。
カワイイ顔して、かわいくねー。
そういや、それって私がずっと言われてた事だっけ。
だいたいさ、いつから私はこんな計算高い、小さな走りで満足するようになったんだ?
違うだろ?
バカだから計算なんかできないんだ。感じるままに走ればいい…
先輩言ってたよなあ。いっつも、うるせー先輩だった。
名古屋の高校に来てるってのに、ずっと変な土佐弁使ってた。
でも、大好きだった。尊敬もしていた。
「思う存分、突っ走るがええ。」

木崎は、ギアを入れ替えた。残り5キロ。本当はラスト1キロで使う予定だったトップギアだ。
潰れるかもしれない。エンジンが焼き付くかもしれない。
構うもんか。最後の箱根だ。一度くらい本能のおもむくまま走ってもバチは当たらないだろう。

「へえ…木崎さんって、こんな熱い走りが出来る人だったんだ。これは予想外だな。なーにゃに追いつかれて、そこでがくっと落ちるって思ったんだけどな。」
芦ノ湖でテレビのモニターを見ていた内山が呟いた。
ここまでは読み通りだった。しかし…さすが箱根。さすが四ツ谷大のエース。
大きく伸びをして、立ち上がった。
これでなくちゃ、おもしろくない。

「放送席。こちら、戸塚中継所です。2区の先頭を争う、四ツ谷大・木崎、聖ヴィーナス大・大和田の姿が見えてきました。前を行くのは…木崎です。四ツ谷大の木崎ゆりあ。残り300m。黄色の襷をすでに手にしています。歯を食いしばる。最後の戸塚の坂。選手にとっては、この残り数百メートルの事をこう言います。戸塚の壁。しかし…その壁を…あーっと、ここで大和田が来た。聖ヴィーナスの大和田!最後の最後力を蓄えていたのか?ここで並びます。」
アナウンサーの声が大きくなる。観客も熱狂の度合を高めている。
誰もが知っていた。
そして、歴史の証人となる事を確信した。

「並んで中継所に入ります。いや、もう一度、もう一度木崎が前に出た。すごい表情だ!すごい表情だ!トップは絶対に渡さない!その差がついた。3メートル…5メートル!四ツ谷大木崎、トップで襷を繋いだ!4年生の木崎から、3区、今日エントリー変更、4年生の大森美優へ。なんと…なんと木崎のタイムは、区間新記録!あの…あの歴史的記録と言われた…松井珠理奈がたたき出した区間記録を2秒更新しました!と…いう事は。という事は!大和田が入ります。2位の襷リレー。見事な走り!大和田のタイムは…もちろん、これも区間新。しかも木崎の記録を…51秒上回った。驚異の区間新がここで誕生しました!」

襷を繋いだ木崎が天を見上げた。そのまま、アスファルトの上に倒れこむ。
「ゆりあさん!ゆりあさん!大丈夫ですか?ゆりあさん!」
補助に入っていた佐藤妃星が心配そうにのぞき込んでいる。
「さ…さすがに…大丈夫じゃな…いかな。は…ぁ・・きいちゃん…肩かしてくれる?」
佐藤に支えられるようにして、木崎が立ち上がった。

なんだ…涼しい顔して…必死だったんじゃない。
安心した。
あんな走りされて、フィニッシュしてからも平気な風でいられたら、私の立場ないし。

「きいちゃん。きいちゃんも頑張って。これからむこう3年。あなた達にとって避けられない相手なんだからね。」
「は…はい。私…頑張ります。あ、ゆりあさん、区間新、おめでとうございます!」
「え?区間新?嘘。私が?あの子じゃなくて?」
「あ…はい。もちろん大和田さんもですけど…ゆりあさんだって、立派な区間新です。」
「区間新…私が?どんな計算したって、そんな記録が出るはずが…」

木崎はその場を立ち去りながらもう一度大和田の方を見た。
ようやく、身体を起こした大和田が付き添いの部員から水を受け取っていた。
気配に気づいたのか、こっちの方を向く。
にこっと爽やかな笑顔を見せた。

「あの子との差は?」
「えっと…7秒ですね。」
「そっか…たった7秒の間だけど、私は2区の区間記録ホルダーだったわけだ。」
「ゆりあさん…」
「悪くないね。うん。すっごく悪くない気分だ。」

木崎は笑った。
声に出して。

「それでいいき。それが、木崎ゆりあやき。」
遠くで、あのうるさい声が聞こえた気がした。


43. | Home | 41.

Comment

こんばんは。ななにしです。

少し見ていない間にもう本戦が始まってましたね。
1区~2区の間でもうこんな感動が。

2014.10.17 (Fri) | ななにしぷろ #TwQLoTwc | URL | Edit

No title

>>ななにしぷろさん

いつもありがとうございます!
今回は長い展開になるかもです…

2014.10.18 (Sat) | 四谷 #mQop/nM. | URL | Edit

Post comment

Secret

Page top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。