スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

33.

スタートしてしばらくは例年になく静かな1区だった。誰かが飛び出すわけでもなく、誰かが遅れるわけでもない。横に広がるでもなく縦に長くなるでもなく。テレビのアナウンサーが各校の選手のプロフィールを紹介しやすくするかのようにコンパクトに集団を形成して進んでいた。
決してペースが遅いわけではない。実際、5キロの通過タイムは区間記録とほぼ同じであったし、スタート直後の転倒で遅れた慶育大の後藤が必死の追走で集団に追いつくのに、6キロほどを要した。品川駅少し手前の所だ。

集団の中で二人の選手が飛び出すタイミングを図っていた。
一人は連覇を狙う栄京女子大の古畑奈和。もう一人は乃木坂大の生駒里奈だ。1・2年生が多く初箱根という選手が多い中、昨年の経験もそして今シーズンの実績も他の選手を圧倒するものを持っている。栄京は優勝候補として、乃木坂も前評判は高い。ダークホースとして1区でのリードは喉から手が出るほど欲しいものであった。

お互いを牽制しあうように、古畑と生駒はずっと隣通しで走っていた。お互いの呼吸や足取り、汗のかき方までを感じれる程の距離だ。

生駒…里奈。
この子…いや、この子達の登場はある意味衝撃だった。箱根デビューは昨年だけど、創部2年目での初出場。そしていきなりの3位入賞。
力があるのは知っていた。コーチを兼任する玲奈さんのツテで年に何回か合同合宿もやっていたし。
乃木坂は華のある選手が多い。去年1区2区で連続区間賞を取った生田、白石…山を登る橋本なんて、そのままファッション誌の「ランニングスタイル」とかの特集組まれてもいいくらいスタイリッシュだ。
そんな中、この子はちょっと色合いが違う気がする。どことなく、無骨っていうか不器用っていうか。表情だってどことなく不安そうな顔に見える。何を考えているかがなかなかわからないという点では長距離選手としては適性が高いんだろうけど…
でも…わかる。乃木坂のキーマンの一人は間違いなくこの子だ。派手さはないけど、この1区…乃木坂は間違いなく大きな期待と…自信を持ってこの子をエントリーしてきている。


集団のペースが速いのは、生駒古畑を周りも意識していたという事だろう。ただ、八ツ山の小さな登りの所で、思わぬ伏兵によってその集団が崩された。
聖ヴィーナスの1年生、福岡聖菜だ。
細身というよりも、むしろ体全体が華奢で折れそうな程に見える。もちろん長距離選手の多くがそういう体系を持つのだが、福岡の細さはその中でも一層目につく。
決して躍動感がある走りではない。歩幅を小さく多く。典型的なピッチ走法だ。表情が微かに歪んでいるのは、この集団から一人飛び出す事への決意の表れなのだろうか。

集団に一瞬の迷いが生まれた。追うべきか?逃がすべきか?
決断は二つに割れた。一つは、集団の体勢を占めるものだった。今はまだ早い。勝負はもう少し先だ。ここ数年だったら、ここで有力選手が前へと出て行っただろう。しかし、元々1区はこういうものだ。リスクを犯したリードよりも安定的な僅差を求める。それが1区の「セオリー」と呼ばれたものだ。

集団がその選択をしたのは、古畑と生駒が自重したからという事が大きい。更には優勝候補の四ツ谷大・岡田もその場に留まっている。特に上位を狙う学校にとって大事なのは、ここはまだ有力校の出方を伺うのが正解だ。

もちろん、その集団の意思に背く選手もちゃんといた。
もっとも早く反応したのが、秋英の市川愛美だ。監督車に乗る高橋みなみの指示を待つまでもなく、すぐに福岡の背中を追い、そしてあっという間に横に並んだ。

「聖菜ってば。もう一人だけ先行かないでよ。」
「行かないでって…小学生のマラソン大会じゃないんだよ?いつまでも、せいちゃんまなちゃんじゃない…って言ったの愛美じゃん。」
追いついた市川が福岡に話かける。

ちょっと子供扱いされた福岡が軽く頬を膨らませた。
それを見て、何か嬉しそうに笑顔を見せる市川。
その様子がテレビモニターに大きく映し出された。

「おーい…愛美。まじめにやれ、まじめに。」
監督車の拡声器を使って秋英の高橋みなみが苦笑しながら市川に声をかける。
まったく…全国放送だぞ…そんなしまりのない顔を見せるんじゃないって…

聖ヴィーナスの福岡聖菜…本当は秋英に来るはずだったんだ。秋英は四ツ谷大や栄京女子のように系列の付属高校の陸上部がそれほど強くない。自然と選手は全国から有力な高校生をスカウトしてくる事になる。
市川と福岡は、同じ高校の出身だ。チーム自体はそれほど強くなかったので、高校駅伝への出場はなかったものの、個人として目立つ成績を持っていた二人は方々の大学からスカウトを受けた。

追いついてからもペースは徐々に上がっていた。
後方集団との差がじりじり広がり始める。

市川が何度も何度も福岡の横顔を伺うようにするのに対し、福岡はじっと前を見据えて走り続けていた。

市川はずっと感じていた。いつも私は聖菜を見ていた。
でも、聖菜はこうしてずっと前だけを見ていたのかな?

小学校のときからずっと一緒に走ってた。これから先もそうだって思ってた。聖菜がいたから私がいた。聖菜がマラソン大会がんばりたいって言うから一緒に練習した。中学でも私はソフトボールやりたかったんだけど、聖菜が陸上部に入るって言うから一緒に入った。高校だって。四ツ谷大付属からだって誘いがあったけど、聖菜がそんな高いレベルのトコだと気後れしちゃう…って言うから無名の公立校を選んだ。

私は…聖菜と一緒ならどこだって楽しく走れるんだ。
そう思っていた。
でも、いつの間にか聖菜はもっともっと前を見ていたんだ。
私に黙って進学先を変えたのもきっとそうだ。
でも…学校が違ったからこそ…こうして肩を並べて走る事ができる。
同じ襷を繋げればよかったのかもしれない。
でも、同じ学校だったら、こんな風に箱根の大舞台でのランデブーなんてできっこなかった。これって…なんかすっごく心地いい。


そんな二人の世界を一筋の閃光が切り裂いた…ように思えた。
そう錯覚してしまうほど、鋭い切り込みで二人の間に割り込んできた選手がいた。
「お二人さん、だめですよ。ココは皇居のランコースじゃないんです。ラブラブな合ランなら他でやってもらえるかなあ?」
「な…アンタ…」
市川が驚いて目を丸くする。福岡も表情が変わった。
後方とはかなり差がついていたはずだ。
それを一気に追い上げてきた…?

「私も仲間に入れてください。ね、いいでしょ?まな・せいコンビさん。」
下から見上げるような視線が二人に突き刺さる。
汗が光るその顔には輝くような笑顔があった。

「スマイリング・アサシン」=笑顔の暗殺者
いつしかそう呼ばれるようになった博多大の矢吹奈子の姿がそこにあった。


34. | Home | 32.

Comment

Post comment

Secret

Page top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。