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28.

まだ明けきらない海辺の道を、穴井千尋は走っていた。
恒例になっている早朝のランニングだが、今日はいつもとコースが違う。
大濠公園の周回コースではなく、市街地から海沿いへと向かう道に一人のランナーを見つけたからだ。

見慣れたフォーム。すらっとしたスタイル。カモシカのように鍛えられた脚。
決して優雅なフォームではない。しかし、穴井は遠くから一目でそのランナーが誰なのかを理解した。
間違えようがない。実際生で見る事はなかったが、何度も何度もTVで見たフォームだ。

スタートしてもう5キロ以上走ってる。折り返す事を考えると、これはもう朝の軽いジョグではない。
それに、何よりペースが違う。
現役を引退した選手が健康やスタイル維持の為に走ってるようなペースとはまったく違う。
私だって一応、全国レベルの博多大陸上部のレギュラーだ。
統率力やリーダーシップには全く自信がないけど…キャプテンだって任されている。
今だって決して楽に走ってるわけではない。

なのに…なぜどうしても追いつけないの?

能古島を望む海沿いの公演で、ようやく前を行くランナーが脚を止めた。
「キャップ。趣味悪いよ。ストーカーみたいじゃん。」
殆ど息があがっていない。
まるで朝の挨拶をするみたいに、そのランナーが声をかけてきた。
「ただのストーカーなら…あんなペースで逃げられたらこんなトコまでついてこれんとですよ。」
「まー、そっか。で?なんでついてきたの?」
「それより…ずっと走ってたんですか?今でも…十分現役で行けとじゃなじゃないですか…さっしー。」
「ははは。まだまだ若いモンには負けない…とでも言っとくか。」

指原がストレッチをしながら笑った。
海の向こうから朝日が昇ってくる。

「さあ、ゆっくりジョグしながら戻ろうか?汗がひいちゃうと身体が冷える。今、風邪なんか引いたら洒落にならないよ。それに、何か話があるなら走りながらでも出来るでしょ?」
「あ…はい。でも、なぜ話があるって?」
「キャップだもんね。話といたほうがいいでしょ?今日のエントリー発表のこと。」

そう…
久住での合宿のタイムレースのあと、チームには何とも言えない微妙な空気が漂っていた。
雰囲気が悪いって訳ではないんだ。本番に向けて、むしろ士気は高まっている。
ひとりひとりの調子も上がってる。
でも…誰が5区を走るんだ?美桜が「ワタシは別に5区じゃなくても…」なんて発言するから。
なんか、もやもやっとした空気が澱んでしまってるんだ…

「5区は美桜に走らせるよ。」
「やっぱりですよね。はい。レースの結果で決まったんだから、そうするのが一番自然ですよね。」
「まあ、あんなレースしなくても、最初から決めてたんだけどね。」
「へ?じゃあ…なんであんなレースやったとですか?美桜が勝つって、さっしーは知っとったとか?」
「まあ…そんなトコかな。」
穴井は走りながら目を丸くして驚いた。

このヒトには、何度も何度も驚かされた。
確かに、博多大は九州各地を中心に、精鋭をスカウトして強化してきたチームだ。
力がある選手がそろっている。でも、こんな地方から関東の強豪が鎬を削る箱根駅伝へとこんなに早く駒を進める事が出来るなんて思ってもいなかった。去年シードこそ逃したものの、今年は予選会をダントツのトップで通過した。
全部、このヒトのマジックなんだ。1+1を2じゃなく、3にも4にも10にもする、この指原マジックなんだ。

「咲良とはるっぴは…?どうするんですか?どっちかが2区に行くとですか?」
「いや、2区はまどかに走ってもらう。」
「まどかに?じゃあ…二人は?」
「キャップさあ。そんな事より、自分の事は気にならないの?」
「あ…そうですよね…私…出してもらえるんですか?」
「まったく…アンタらしいね。」

指原は呆れたようにくすっと笑い声を立てた。
確かに、リーダーシップやキャプテンシーといった言葉には無縁の子だ。
でも、周りに目を配り、自分が足りない所、自分たちが足りない所を一生懸命に良くしていこうって姿勢を持つ謙虚さがある。自分より力のある者にはどうしても遠慮しがちな所はあるが、今の博多大のキャプテンとしては、最適なのかもしれない。

「咲良は3区。はるっぴには8区を走ってもらう。キャップ、アンタはアンカーだよ。」
「アンカーって10区ですか?でも…私、去年も10区で…」
穴井は去年も10区を走った。9位、シード権内で襷を受け取り、懸命の粘りを見せたが、残り2キロの地点でシード権争いを繰り広げる4チームの集団から一人遅れてしまった。
「大丈夫。っていうか、このチームで10区を走れるのは、まだキャップしか思いつかないんだ。」
「は…い。わかりました。でも…咲良とはるっぴ…納得しますかね?」

最近でこそ、3区とその折り返しを走る8区は「繋ぎの区間」と呼ばれる事はなくなったといえども、「華の2区」や山登り5区、山下り6区、「裏エース区間」の9区と比べて地味な存在だ。
宮脇咲良と兒玉遥は間違いなく、ウチの2枚看板だ。
その二人をあえてその区間にエントリーさせるなんて…穴井は指原の狙いを測りかねていた。

「さあ、そろそろ着くよ。すぐに着替えて汗で身体を冷やさないようにね。」
いつの間にか、またペースが上がっていた。
穴井の全身からは汗が噴き出している。
「は・・はい。わかりました。お疲れ様でした。」

さっしー…汗ひとつかいていない…
まだ十分現役で…しかも、国内トップクラスとして走れるんじゃないか?
なんで、こんなトコでウチの指導なんかしてるんだろう?

穴井は、まっすぐに合宿所のシャワールームに向かった。
汗をかいてすっきりしたのか、指原と同じ空気の中で走ったからなのか。
腹のうちまではわからないまでも、指原がこのオーダーに自信を持っている事だけはわかった。

だったら、私はそれを受け入れよう。
そして、いつものようにオロオロしながらだけど、みんなの先頭に立とう。
私はキャプテンとして、私が出来る事だけをやればいいんだ…


博多大学 箱根エントリーメンバー

1区 矢吹奈子
2区 森保まどか
3区 宮脇咲良
4区 秋吉優花
5区 朝長美桜

6区 本村碧唯
7区 田島芽瑠
8区 兒玉遥
9区 松岡菜摘
10区 穴井千尋

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