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26.

「だから、何度も言ってるじゃないですか。去年までと訳が違うんですよ。いくら監督の命令でも聞けるものと聞けないものとがあります。」
玲奈が今にも掴みかからんとする程の剣幕で今村に詰め寄っている。
一方で今村の表情はいつもの通りだった。まるで他人事のような顔で玲奈の言葉を受け流していた。

「とにかく…今年の箱根。私は栄京のコーチとして専念させてください。エントリーオーダーを決めるのも遠慮します。考えてみてくださいよ。優勝を争うチームの両方のオーダーを同一人物が決めるなんて…ありえません。」
「そんなもんか?とにかくさ、陸連のお偉いさんにも頼まれてるんだよ。何なら向こうに専念してもらうって手もあるぞ?設楽監督は、ずいぶんお前の事を気に入っているみたいだしなあ。」

今村の顔には薄ら笑いさえ浮かんでいた。
そうか…この人は、私を切ろうとしてるのかもしれない。
自分の王朝を築くには煩型の側近は邪魔になるだけ…そう考えていても不思議じゃない。

「監督。ウチのエントリーはお前が決めろ。そう言ってたじゃないですか?私が向こうに行ってしまって…どうするつもりですか?」
「エントリー?そんなの…簡単じゃないか。考えてるさ。」
今村が一枚の紙を袖机から引っ張り出してきた。机の上に滑らせるように置く。それに目を落とした玲奈の目がみるみる釣りあがっていった。

「これはいったい何のおつもりですか?」
「何って?箱根の区間エントリーだ。俺だって、それくらいの戦略は立てるよ。」
「戦略って…5区に綾巴?2区に奈和?なんでこうなるんですか?」
「なんでって、5区と2区は一番の花形なんだろ?やっぱり、目立つ選手でいかないと…」
「目立つって、綾巴に山の特性があるとでも?監督。あなた、一度でも選手のロードワークに付き合った事がありますか?確かに奈和は力のある子です。でも、今のあの子のメンタルで2区を任せるのは無理があります。」
「じゃあ、誰が適任なんだ?そこまで言うからには、完璧な布陣を敷く事ができるんだろうな?」

いつの間にか今村の顔から笑顔が消えていた。
代わりに狡猾な蛇のような表情が浮かび上がる。

「わかりました。今回の箱根。結果に対しての全責任は私が取ります。」
「ほう。お前が責任を取ると?」
「ええ。本番のエントリーを私が勝手に書き換えて提出したとでも何とでも言えばいいでしょう。それで…もし…」
「もし、優勝できなければ、私は栄京女子大のヘッドコーチの座を自ら降ります。その時は、私の事はどう処遇されても構いません。」
「なるほど。自らの首を差し出すと。いいだろう。そこまで言うなら、俺は目を瞑るよ。乃木坂の方へはとりあえず頭を下げておいてやるよ。」

今村の言葉に玲奈はもうそれ以上自分の言葉を重ねる事を諦めた。
静かに頭を下げ、監督室を出た。

恐らく、結果がどうであれ私がこの先、この学校に残るという選択肢は残されないのであろう。負ければその全責任を背負わされて、勝ってもその手柄は今村のもの。そういうシナリオは既に描かれているに違いない。

だったら…
最後なら、絶対に…絶対に勝ってやる。

玲奈は手元のバインダーに挟んだペーパーを取り出した。

何度も何度も考えた。
たぶん、正解なんて何通りもあるんだろう。
でも…これなら…このメンバーなら、胸を張って私の最後のレースを託す事ができる。


栄京女子大 エントリーメンバー

1区 古畑奈和
2区 宮前杏実
3区 江籠裕奈
4区 市野成美
5区 惣田紗莉渚

6区 熊崎晴香
7区 岩永亞美
8区 北川綾巴
9区 二村春香
10区 山田みずほ

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