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25.

「しかし、いきなりなんや?急に走ろうなんて。」
「いいじゃんか。付き合えよ。お互い、最近ヤバイだろ?」
「アンタと違ってウチはちゃんと節制しとるんや。一緒にせんといてほしいわ。」
「へー。じゃあ、ちゃんとついてこれるんだろうな?」

朝もやに煙る箱根湯元。
横山と島田が白い息を吐きながらゆっくり吐きながら走り出した。
あと数時間すると、この箱根路は何千何万の観衆に埋め尽くされる。
正月に行われる男子箱根駅伝は新春の風物詩だ。

「まったく、私たちの正月は箱根が終わらんと来ーへんのやで?」
「いいじゃんか。あいつ等にとって、生の箱根ってものを観客になってみる経験って大事だと思うよ。」
「それはそうやとうけど…。」
「ほら、身体もあったまってきたろ?少しはまともに走ろうぜ?」

慶育に限らず、箱根常連校は5区の山登りのトレーニングのためにミニ合宿を組む事はよくある事だ。しかし、新年のこの時期、ましてや男子箱根の日程に合わせて選手全員で泊まりこみの合宿を張る事は珍しい。

まだ日も昇りきらない時間だ。それでも、もう今頃は東京大手町では大勢の観客がスタートを見届けようと集まってきているはずだ。島田が横山を後ろからけしかけながら走ってる箱根の山中にも気が早い駅伝ファンが各学校の幟を立てたり、横断幕を張ったりし始めている。

「ふぅ…ふぅ…気持ちええもんやな。どんどん高さが増してくってのがわかる。これで、沿道に大勢の観客やろ?そら、モチベーション上がるってもんやな。」
横山の息が弾んでいる。決して早いペースではないが、額には汗が浮かんでいる。それでも楽しそうな表情で登り坂の先のほうに視線を向けながら足を前へ進めていた。

「そう。このあたり…宮ノ下では学校名じゃなくて、選手の名前を連呼してくれるんだよ。しかも苗字じゃなくて下の名前ね。あー、思い出すなあ…」
「アンタがうらやましいわ。私はその経験できへんかったから。」
横山がいつの間にか島田の横に並ぶようにして走っていた。
島田の考えがようやく見えてきた。一汗かいて頭の中がクリアになってきたのかもしれない。

「で?なんか話があるんやろ?」
「わかってた?」
「なんや、面倒くさいなあ。ややこしい話でも面と向かってしゃべればええのに。ま…アンタらしいわな。」
「5区だけどさ…」
横山の顔を見ずにまっすぐ前を向いたまま島田が打ち明け話でも始めたような口調で話す。さすがに息が上がり始めた横山に対し、まだ島田の呼吸は穏やかなままだ。やはり、「山」はホームのような感覚を感じるらしい。

「真子に走ってもらおうと思う。」
「ふーん…真子にね…え?え??真子?」
「そう。真子。」
横山が一瞬足を止めようとした。
島田はそのまま先へと進む。一歩遅れた形の横山が慌てて島田の後を追う。やっとの事で再び島田の横に並んだ。
「だって…真子って、今まで一度も5区なんて…」
「うん。考えた事もないだろうね。」
「考えたって…当たり前やん。あの子は、どっちかというとピッチランナーだ。平坦やトラックでは強いけど、登りの適正があるかどうかなんて…」
「だからだよ。だから、真子は5区なんだ。」

横山は島田の横顔をまじまじと見つめた。その為にやや斜め後ろに下がったくらいだ。いったい何を?
小嶋真子は、力的には確かにウチの中ではダントツだ。トラックでの10000の公式記録は学生トップクラス。チームで2番目のタイムを持っている田野よりも1分半以上も速い。
一方で、ロードレースでは毎回といっていいほど終盤に大失速を起こしている。小嶋をどこに配し、どう本来の力を出させるか…横山としても最大の懸念事項だった。昨年はブレーキの不安から横山は小嶋のエントリー自体を断念した。それなのに、島田はよりによって近年の箱根でもっとも重要とされる区間である5区にエントリーしようというのだ。

「てっきり、いくみんを5区に使うんだと思ってた。それで、連れてきたのかと。」
「ああ…確かにあの子は、元々クロスカントリー走ってたしね。大山の山岳で鍛えてるから山には強いだろうね。」
中野郁海は、チーム合流後抜群の存在感を示していた。1年生ながら長身でバランスの取れたフォームで常にチームをリードする走りを見せている。この5区にも何度か試走に来ていた。

二人は、小涌園前を過ぎ、国道1号線の最高点付近までやってきた。
島田が大きく伸びをして足を止めた。
横山もそれに倣う。思わず膝に手をついて下を向いてしまった。

「あ…アンタ。いつの間に…息ひとつ乱れんと…相当走りこんどったってことでしょ?」
「まあ…ね。ハチキャンの子達に付き合わされてね。」

「ほら…由依。見て。」
島田が今まで走ってきた方向を指差す。
「人間ってすごいよね。こんなトコまでたった2時間足らずで走ってきちゃうんだよ?車とかバイク乗ってじゃなくてね。」

「島田…で?もうわかったわ。区間エントリー。アンタの考え言ってみ?」
「違うよ。アンタをフラフラにして好きにさせろってもってくつもりは…」
「ええって。ええから。聞くから。」
「わかったよ。じゃ…ね。1区に萌咲。」
「萌咲?後藤ね。うんうん。まあセオリー通りではないけど、おもしろいかもね?いいよ。続けて全部言ってみて。」
「ああ。2区は…」

島田のプランに横山の表情が徐々に厳しくなってくる。
驚きというよりは戸惑い…の顔だ。

「島田…そこまでの冒険って必要?」
「なんで?由依は、無謀なオーダーだと思うの?」
「いや…わかるけど。余りにもリスクが…」
「ね…由依。今年、ウチはどこ狙うの?」
「ドコ…って?順位って事?」

箱根の山に風が吹き始めた。
さっきかいた汗が引いて身体が冷え始めたのを感じて、横山は一つ身震いした。しかし、横山はわかっていた。島田の真剣な表情に圧倒されていたのだ。
覚悟…
そう、島田の表情には、それがあったのだ。

「まさか、シードを取り戻せばそれでいい…と思ってないよね?その程度なら、私はいますぐ箱根の山を降りて、そのまま東京まで走って帰るけど?」
「…わかった。島田、アンタに乗るよ。そうだよな。もうウチらは、過去の栄光にすがってたらアカンのやな。」
「そうだよ。由依。やろう。きっと、あの子たちならやってくれる。」
「そうやな。それに…アンタ、このまま東京までは走れんやろうしな。」
横山がそう言って笑った。
今来た方へ向き直って走り始める。

「帰り…湯元駅前まで5000円でどうや?」
「マジで?あんなに息上がってたくせに。いいの?」
「下りはウチの方が強かったの忘れたんか?」
「おもしれー。乗った!5000円な。後で勘弁してって言うのはナシだからね。」
「うるせーよ、島田。」

二人が山を一気に下り始めた。


やっぱり走るのって気持ちいい。
ウチももう一回走り始めるか。

横山の顔には笑顔が浮かんでいた。
正面に新春の陽光が差し始めた。


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