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23.

「コースは頭に入ってるね?立渉は立ってないけど、基本一本道だから美桜みたいな方向音痴でも迷う事はないし。」
「え?私?あー大丈夫。きっと先頭で走るなんて、たぶん無理ですから。」
今日のチーム内レースの説明をする多田の表情はいつもより少し硬かった。それが伝染していたのだろうか、メンバーの顔にも緊張が見れる。それに気づいた多田が軽口を振ったのは朝永にだった。朝長はそんな事など理解してないのだろう、いつものようにちょっと暢気な笑顔で場の空気を和ませた。

「最後にもう一回確認しとくよ。今日のレースはタイム関係なし。とにかく一番最初に18キロ先の牧野戸峠の駐車場にゴールした者が、今回の5区を走る権利を得る。いいね?」
「はいっ!」
多田の言葉に今日のレースに参加したメンバーが元気良く返事を返す。
レースウエアに身を包んだ姿。その人数は15人に達していた。


大分県から熊本県へ。久住高原から阿蘇を経て中九州を横断する「やまなみハイウエイ」はその景観の素晴らしさから、九州、いや全国でも屈指のドライブコースとされている。しかし、12月に入ったこの時期は完全にオフシーズン。気温も5度近くまで下がり観光客の交通量はめっきり少なくなっている。指原が今日のために設定したコースは、ゴール地点の標高1200m、途中アップダウンを繰り返しながら獲得する標高差は500mを超える。700m以上を駆け上る5区に比べるとその高さこそないが、登りの斜度は箱根よりもハードで下り区間を含め、5区の適正を図るにはもってこいのコースになっていた。


「15人か。レギュラー陣総参加じゃない。みんなそんなに5区走りたいのかな?」
「走りたいのかって…さっしー、何他人事みたいな事言ってるの?それだけ、さっしーに憧れてる子ばかりだって事でしょ?」
「私なんかにねぇ…」
多田が運転席に乗り込み、スタートを切った選手たちの後ろについてゆっくり車を走らせ始めた。後続には殆ど車の姿がないが、安全のためにハザードを点滅させている。
前を走る選手たちに気を配りながら、同時に多田は指原の顔を覗き窺っていた。さっしーに山を登らせる。そう言い出したのは、たかみなさんだった。自らの故障もあったけど、あの時さっしーが山の適性を持っているなんて誰も考えていなかった。

ヘタレ。

さっしーがそんな風に呼ばれていた事は余りにも有名な話だ。
でも、今となってはその話は、指原莉乃という人物を捕らえるほんの一面に過ぎない。こうして助手席から選手たちを見つめるその目は、本物の指導者の目だ。いや、誰をどの場面に配すればチーム力が最大になるかを判断する…オーケストラを率い、最高のハーモニーを演出するマエストロのようだと言っても言い過ぎではないだろうな…

「まどかの走りって華やかだよね。すごく綺麗。」
指原がほうっとため息をつくかのような口調でつぶやいた。
多田に話かけたというよりは、殆ど独り言のような感じだ。
「足が長くて着地が柔らかいからかな。あの走り方だと故障も少ないし、安定してるんだよね。必要以上にストライドを伸ばしてないから、登りも強い。実は一番力を持ってるのかもって思ってるんだ。」
「そうだね。弱音はかずに頑張る強さもあるからね。さっしー、今日の本命、実はまどかと思ってない?」
「愛ちゃんは?誰が勝つと思う?」
指原は、多田からの質問を逆に返す事で答えをはぐらかすようにした。
笑顔を浮かべているが、目は笑っていない。真剣そのものだ。

「誰って…うーん…やっぱり咲良かはるっぴじゃない?二人とも、今日にかける意気込みが半端じゃなかったからね。本番以上の緊張感だったし。」
「なるほど。お、愛ちゃんの予想通りかな?二人が飛び出したよ?」

スタートして2キロ。まだアップダウンを繰り返す高原道路の途中だ。本格的な登りが始まるのは5キロ手前から。宮脇がするするっと前に出るのを追いかけるように兒玉がペースを上げる。あっという間に後続を10秒ほど引き離した。

「まだ登り始まってないよ?最近調子いいみたいだけど、ペース配分考えないと。咲良、あんまりスタミナあるほうじゃないんだから。」
「はるっぴこそ。後半追い込み型なのに、こんな早くから先行しようなんて…焦ってるんじゃないの?」
いったん前に出て落ち着いた二人は相手をけん制するように…いや、お互いの様子を探るように会話を続けた。
後続との距離は一定のまま動かなくなった。

「ふぅ…」
「ん?どしたの?さっしー。ため息ついちゃって。」
「あの二人…ほんとにわかってないなあ…」
「二人って…?咲良とはるっぴ?」
多田の問いに答えず、指原は拡声器を手に取った。
窓を開けて外に大きな声を上げる。ちょっと苛立ってるような声だ。
「後ろで縮こまってる連中。何をやってるの?たらたら走ってるだけなら、こんなレースやる意味ないの。今すぐやめちゃうよ?5区なんてくじかじゃんけんで決めたっていいんだから。」
大事なレースゆえ、思いっきりがなくなってしまう。
前回、初出場で臨んだ箱根がそうだった。まるで大舞台に萎縮してしまったかのように普段の積極的な走りができず、博多大は最後まで見せ場を作る事無く初の箱根を終えた。目標としていたシード確保には遠く及ばなかった。

「ほら。誰が追いかけるの?登り始まったよ?」
指原の剣幕に集団の中に緊張感が走った。
言われた事はよく理解できる。
でも…誰が?誰がこの状況から飛び出すの?

「私かな?」
小さく一言だけ呟いて、集団から飛び出したのは朝長だった。
18キロのうち約10キロに及ぶ登り区間。登りきった後は2キロ程の下りがある。まさに「ミニ5区」ともいえるコースだ。その登りが始まったすぐの地点でペースを上げた朝長は、あっという間に前を行く二人に追いついた。一瞬だけ様子をうかがうと一気に二人を抜き去って前へ出る。

「美桜。アンタ、またそうやって…」
「先はまだ長かよ?ちゃんとペース配分考えんと。」
宮脇と兒玉が声を掛けるが、振り向くことなく前を向いている。朝長はそのままペースを上げた。その後ろから秋吉、矢吹、田中の1年生3人が続いていく。
「ゆかも?なこみく…も?なに考えとうと?咲良…どうする?」
「どうするって…行くしかないでしょ?」
何言ってるの?宮脇がちょっと怒ったような顔をしてペースを上げた。
まったく…大事なレースなんだから、かき乱すような事しないでよね…だいたい、去年5区走ってダメだったって事もう忘れちゃったの?私や…遥は…この博多大を引っ張ってきたのは私たちだっての。それを、抜擢とか何とかでいきなり5区を任せられて…5区を走るには、アンタみたいに何にも考えてないような選手じゃダメなんだよ。ちゃんと戦略を持って走らないと…

「二人が追い上げたよ。さっしー、咲良とはるっぴにハッパかけたかったんでしょ?」
「違うよ。ぜんぜん違う。」
「え?じゃあなんで?」

指原が手元の資料を乱暴に後部座席に投げやった。
ストップウオッチも一緒にだ。
まるで、もうこのレースは終わった…とでも言いたいかの表情だ。

「抜かれて慌ててるようじゃダメなんだよね。だったら、自分たちから突っ走んなきゃ。」
「さっしー…?」
「あのね。愛ちゃん。5区に必要な資質って何だと思う?」
「資質?うーん…登りへの耐性…高負荷に耐える心肺機能、頑丈な足腰…粘り強さ…とか?」
「私、そんなもん何も持ってなかったよ。」
「うーん…じゃあ、意識とか?5区を走る責任感とか?」
「そんなの、私からしたら一番遠い存在だったじゃん。」

確かに…
初めての5区に向けたトレーニング。さっしーは毎日泣いていた。もうだめ、私なんて絶対無理。弱音を吐かない日は無かった。毎日毎日、たかみなさんに怒られてた。あれは、激励っていうより半分脅されてたようなものかもしれない。本番もそうだった。おどおどした表情で、大島優子に必死に食いついて行ってた。いつ遅れるか、いつ置いていかれるか…誰もがそう思っていた。でも、結局最後まで遅れるどころか、見事に大島優子を最後は引き離した。

さっしーは、何を求めてこのレースをやろうとしたんだろう?

宮脇と兒玉の表情が厳しくなればなるほど、先を行く朝長との差は開いていった。矢吹と田中こそかわしたものの、朝長に食らいつく秋吉にさえ追いつけない。長い登りを登りきった時には、先頭との差は2分近く開いていた。焦れば焦るほどピッチが上がらない。バランスを欠いた走りは逆に失速したような程に見える。下りに入ると、森保や坂口にも抜かれてしまった。


ゴール地点に先回りした指原と多田は車の中から、あたふたと荷物を下ろす作業に追われていた。冬の日は短い。気温も一気に冷え込んできている。汗をかいた選手が体を冷やさないよう、タオルと着替え、グランドコートを用意しておかなくてはならない。
その最中にトップで朝長が広い駐車場に入ってきた。やや、間を置いて森保、坂口、秋吉がゴール。その後の宮脇、そして兒玉が入ってくるまでにはやや時間が空いた。

「咲良…どうだった?」
「さ…さっし…どう…って」
「ご覧の通り…はぁ…か…勝ったの…は、美桜です…よね?」
兒玉が宮脇の横でうつ伏せに倒れたまま荒い声で答えた。
宮脇は唇をかみ締めたまま、四つんばいになっている。
「そうだね。約束は約束だからね。美桜。5区は今年もアンタね。いい?」
「あの…さっしー…私、5区じゃないとダメですか?」
「ダメって…どういう事かな?」
「あの…私、別に5区じゃなくても…咲良さん…はるっぴさん…がそんなに走りたいのなら…」
朝長が困ったような顔で言った。
たぶん困っていたのだろう。いつも笑ってるからわかりにくいのだが、今浮かべている笑顔はきっとその時用の笑顔なのだ。

「ちょ…じゃあ、なんで今日のレース参加したのよ?」
朝長の言葉に宮脇が起き上がった。息を切らしながらも朝長に詰め寄る。胸倉でも掴みかねない勢いだった。
「そうよ。今日のレースにはね…5区を走りたいっていうね…」
「熱い思いを持ってなきゃダメって?そう言いたいのかな?はるっぴ?」
「さっしーまで何言ってるんですか?だって…今日は…」

指原が三人の間に入り込むようにして立った。
宮脇と兒玉の方に向いて諭すような口調で話す。

「熱い思い?それをアンタたち二人は持ってたって?…でも、結果は?アンタたちは負けたんだよ。美桜。いいよ、よく考えな。どうしても他の区を走りたいのなら、考えるから。」
「さっしー…でも、それじゃあ、今日のレースをやった意味が…」
多田が何とかその場を押さえようとした。
本番に向けて今は一体感を高めていく時期だ。
不要な波風は立てないほうがいいに決まってる。

「意味?ちゃんとあったよ。大丈夫。愛ちゃん。このチームはきっと強くなる。…いや、ならしてみせるから。」
多田以外に聞こえないようにして指原が呟いた。

時と地位は人を変える…か。
指原の顔が頼もしく見えた。

仕方ないな…
多田が肩をすくめてその場から離れた。


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