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22.

雨の音はどんどん強さを増してきていた。窓から見えるキャンパス内の樹木が激しく枝を揺らしている。晩秋から初冬へ向かう季節にしては珍しい台風は、その勢力を衰えさせながらも北部九州へ進路を進めていた。

博多大は、駅伝をはじめとした陸上競技部だけでなく、野球・サッカー・水泳・バレーボール・バスケットボール…主だったメジャースポーツにおいて九州大学界をリードしている。女子駅伝はこの3年であっという間に全国区の力をつけてきていた。

関東で開催される箱根駅伝への求心力は、九州の雄たる博多大においてはもともとそれほど強くなかった。しかし、その大学のスタンスを一変させる出来事が起こった。指原莉乃の監督就任である。
2年時に7区の区間新をマーク、華々しく女子大学駅伝界にデビューすると、翌年の5区。伝説のデットヒートと言われる、慶育・大島優子、四ツ谷・島田晴香との三つ巴を制し、今も破られる事のない区間新を樹立。最終学年時には2区で区間2位。驚異的な区間新を出した栄京の松井珠理奈に4秒だけ遅れを取ったものの、11人のごぼう抜きを演じてみせた、あの指原。
大学駅伝のスーパースターである指原が現役を引退し、突然何の縁もゆかりもない博多大へ監督として就任した事。それは、博多大の学校としての戦略まで変化させる大きな出来事だった。
同時に強化策をとり始めたチームはあっという間に強豪校の一つとして数えられる程になった。

スポーツ総合学部は、そんな九州全域から集められたエリート達が学ぶ学部だ。公式戦を行う事ができる野球場。サッカー場は陸上競技場を兼ね、スタンドには1万人を収容する事ができる。体育館は3つあり、立派なトレーニングルームも併設されている。

季節はずれの嵐の中、駅伝メンバー達はマシンを相手に体を動かしていた。今は最後の追い込み期だ。怪我には十分配慮しなくてはならないが、こんな雨の日でもトレーニングは欠かす事ができない。10台あるトレッドミルは他の運動部が見たら仰天してしまう程のペースに合わせられている。その上で息を弾ませる程度の涼しい顔でラントレを行う数人の姿があった。

宮脇咲良は一人一番奥のマシンで走っていた。耳にはイヤフォンが差し込まれている。目を瞑って寝てるのではないか?傍からはそう見えてしまう程の静かな佇まいだ。
手前のマシンでは、矢吹奈子、田中美久の1年生コンビが宮脇とは正反対、にぎやかな声で会話しながらマシンに乗っていた。遊んでいるように見えるが設定されたペースは相当速い。並のランナーなら3分もしたら息も絶え絶えになってしまうだろう。

「奈子。美久。あと3セットだからね。はしゃぐのはいいけど、しっかり追い込んどかないと来週からの合宿でしんどい思いするんだからね?」
「はーい、わかってますよ。キャップ。さっしーからもきつく言われてるんで。ちゃんとやってますよー。」
マシンの脇にいた穴井千尋がやれやれといった表情で肩をすくめる。
さっしー…か。そりゃ、私たちからしたら、指原監督は雲の上の存在のような人だ。萎縮しちゃいけないから…そういう配慮で自分の事をさっしーって呼ばせてる事はいい。でも、それは私たち3年生への配慮だったはずだ。やっぱり体育会系である以上、上下関係のけじめはしっかりつけた方がいいんじゃないんだろうか…
っていって、そんな1年生を主将として厳しく指導できない私が悪いんだろうけど…

「あのさ。聞いとう?」
穴井の背後から忍び寄るようにして声をかけてきたのは、やはり3年生の兒玉遥だ。宮脇と並ぶ博多大エースの一人。
「聞いたって…箱根の区間エントリーの件?」
「キャップなんだから、さっしーから事前に聞いたりしとるんじゃなかと?水臭い事言わないで、ちょっと教えてよ。」
「聞いてなかって。何度も言っとうやろ?合宿終わってから発表するって言いよったろ?」
「あーあ…気になるなあ。」
兒玉は大袈裟にため息をついて、タオルで顔の汗をぬぐった。

「先輩。気になるって、なんでそんなに5区にこだわるんですか?」

あちゃ~
もう何でウチの後輩どもは、こうも無神経にど真ん中にストレート放ってくるのよ…まあ、確かに、咲良と遥みたいに言葉もなしにバチバチ火花散らすってのも気を遣うけどさ…二人とも5区走りたいっての譲らないんだから…それをそんな風に言っちゃうとさ…

穴井は声の方を向いて苦笑いを浮かべた。
きょとんとした顔で田島芽瑠と朝永美桜が立っている。

「そういうアンタ達は?どこ走りたいとかなかと?芽瑠、アンタ、さっしーに憧れてるからいつかは5区を走りたいって言いよったやない?」
「いやいや…ワタシなんか…まだ早いですよ。」

上手く矛先をかわした…兒玉が軽く笑ってトレッドミルに乗ったのを見て、穴井はほっと胸を撫で下ろした。

博多大に集まってきた選手は、皆が指原に憧れを持っていた。そして、かつて「新・山の女神」と呼ばれた指原と同じ5区を走りたい…そう願った。特にエース二人のライバル心は強く、二人もその事を隠そうとしなかった。常に感情を表に出し太陽のような走りをする兒玉に対し、いつもクールだがここぞという時には怒涛の走りを見せる宮脇。二人のエースの競争心あってこその博多大だった。

「別に隠してるつもりはないんだけどね。単にまだ決められないだけだし。」
「あ…さっしー。もうそうならそうって二人に言ってくださいよ~。もー私、ハラハラしっぱなしで。」
「わかった。じゃあ、こうしよう。来週の合宿の初日。久住合宿でレースやろう。そこでの一発勝負。はるっぴ、咲良。構わない?」
指原が兒玉に腕組をしたまま話した。
兒玉が目を丸くして驚いた表情になる。

「一発勝負…?レースって…?」
「勝った方が5区を走る。そういう事ですよね?」
いつの間にかトレッドミルを降りた宮脇が傍に来て笑顔で指原に尋ねる。
笑ってはいるが真剣な表情だ。
「そう。二人ともコンディション良さそうだし。今のままじゃ、どっちが選ばれてもなんかモヤモヤっとした気持ちが残っちゃうでしょ?だったら、フェアでいいじゃん?」
「私は…構いません。じゃ…トレーニングに戻ります。」
宮脇はそう言って今度は筋トレのマシンに向かい合った。
黙々と軽い負荷でウェイトを動かしていく。

「芽瑠。美桜。それから…まどかも。遠慮しなくて参加していいよ。なんだったら奈子美久も走るか?」
「えーいいんですかあ?」
「え?奈子、5区走りたいの?マジで?」
「だめ?そういう美久は走りたくないの?」
「ううん。美久も走る!」

賑やかな声が響いた。
もともと明るいチームカラーだ。
1年生の加入でそれが一段と増した気がする。
宮脇も声を上げて笑っている。
決してチームに溶け込まないキャラではないのだ。

「もう…さっしーも。突拍子もない事言い出すよね。」
再び真顔になってマシンに向かおうとした宮脇にコーチの多田愛佳が声をかけた。
「いえ。私はそうは思いませんよ。あれでいて、ちゃんと戦略練ってるんですから。愛さんもちゃんとわかってるんでしょ?」
「まあ…ね。でも、確かに正しいと思うよ。一発勝負の選考。咲良、アンタが一番望む方法でしょ?」
「はい…でも、そう簡単にいかないと思います。」
「そうね。はるっぴ、今絶好調だからね。」
「いえ…はるっぴの力は十分わかってます。それよりも怖いのは…」

え?咲良が警戒する相手が他に?
誰だろう…

いかんいかん…
私はコーチだ。
選手選考のレースをこんなにワクワクして楽しみにしてちゃいけない…

でも、仕方ないか。
それだけのものになることは間違いがないのだから。


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