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21.

「なっきー、なに?ずいぶん早いじゃない?」
「うん。昨日、ちょっと肩凝っちゃったからね。朝練前に軽く走っとこうかなって思って。」
「ホント、真面目だよねー。頭が下がるわ。」
「そういう耀だって。そのカッコは軽くジョグしとこうかってカッコじゃないよ。」
「なっきーの影響だよ。」

聖ヴィーナス大のグラウンドは鵠沼海岸を望むキャンパスに隣接している。大学駅伝では新興の部類だが、安定した実績で知られるようになっていた。かつては秋英、慶育の2強に続く存在としていつ箱根を制してもおかしくないと言われながら、未だその栄冠を掴むには至っていない。

「ねえ。四ツ谷大の先輩たち、なんか表情明るかったね。やっぱ、今年は戦力充実、優勝候補の本命ってハナシ、大袈裟じゃないかもね。」
並んで軽いジョグをしながら橋本が内山に話かけてきた。
内山が肩のストレッチをしながらそれに相槌を打つ。
「敵情視察してた訳じゃないけど、私もそんな風に感じたよ。ま、他のガッコの事よりも大事なのはウチの事。」
「そうだね。でも…ウチもまんざらじゃないって。なっきーはそう見てるんでしょ?」
「まんざらじゃないって言うよりも…」
「ん?また何か企んでる?なっきーがそんな風に笑うときって、何かお腹の中で企んでるときだ。」
「もー、そうやって人を腹黒キャラにしないでくれる?」

橋本の言う事はある意味当たっていた。
内山の分析力と、個人そしてチームの課題点を抽出しそれを解決していく力は高校時代から高く評価されていた。また、自らにもその厳しい目を注ぎ強豪である四ツ谷大付属のレギュラーを勝ち取った。2年時には小島真子が作った1区区間新のリードを更に広げ、四ツ谷大付属の全国優勝に大きく貢献。その指導力も相まって将来の幹部候補生として高い評価を受けていた。しかし、高校卒業後、内山が進学先として選んだのは、系列の四ツ谷大ではなく聖ヴィーナス大だった。

「でも…まだ怒ってるみたいだったねえ…」
ジョグを終え、息を整えながらストレッチをしていた橋本が言い出し難いことを切り出すかのような口調でつぶやいた。息が真っ白だ。もう冬は間近に迫っている。
「そうだね…ま、仕方ないと思うけど。あの3人は。私たちと違って、上も四ツ谷大に揃って行くものと思ってただろうし。本人達も…特に奈々と未姫はね。」
「真子…まだあのリタイヤの事、引きずってるのかな?」
「わからない。でも…何か理由があって慶育に進んだと思うんだよね。あの子も正直に訳を話せばいいのに。」

「あなたたちは話してくれたからね。」
「うぉっ?あ…か…監督…おはようございます。」
「何よ、なんか人の顔見てそんなにうろたえないでくれる?」
いつの間にか二人の後ろに倉持明日香が立っていた。
慶育大OGで卒業後は聖ヴィーナスの大学院で教育課程の博士号を取得。その後、准教授として研究職に就く一方陸上部の顧問に就任していた。

「でさ…そろそろ宿題は仕上がったのかな?ウチの参謀としての。」
倉持さんって、本当にウチの監督に相応しいと思う。
聖母…ヴィーナス…そんな言葉が本当に似合う。
慈愛に満ちた笑顔って、こういう笑顔の事を言うのだろう。
表情だけでない。懐の深さを感じる。

ただ走るだけの選手になりたくない。駅伝というのは、個々の力を一本の線として繋ぎ合わせる「戦略」が重視されるものだ。選手として走るだけでなく、そんな戦略を練る事の経験値を積みたい。
四ツ谷大でその志向を否定されたわけではない。ただ「どちらかに専念しなさい」という風な事を言われた。むしろ、内山が評価されていたのは、選手としてではなく、ブレーンとしてであった。あくまでも選手に拘った内山は、倉持に会って聖ヴィーナスを選んだ。倉持という指導者は、人をカタチにはめる事をしなかった。何よりも、選手一人一人が「どうありたいか」を大事にする人物だった。

「あ…はい。できてます。」
内山は脇に置いてあったスポーツバッグからクリアファイルを取り出した。その中にあるペーパーを倉持に手渡す。
「ほー、さすが。仕事が早いね。ふむふむ…」
「なに?あ、なっきー、ずっとうんうん唸ってた宿題ってこれ?」
橋本が横からペーパーを覗き込んだ。

「なっきー。私も似たような事を考えていた。今年は1年生を抜擢するべきって事。でも…ここまでやる?」
「はい。監督…私、今年は優勝を狙えるって思ってるんです。しかも、往路復路両方とも取っての完全総合優勝を。」
「そこまで?往路重視で後は勢いで…っていうのが、ウチの伝統的な戦略じゃない?」
倉持がペーパーに落としていた視線を上げ、それをまっすぐ内山に向けた。内山も目をそらさない。笑顔はない。二人とも普段は笑顔が絶えないが、真剣な時の表情には周囲を圧するものがある。
「すみません。ウチはまだ伝統なんて言葉が似合うとは思っていません。確かに、賭けかもしれません。でも…勝てるだけのカードは揃っているはずです。涼花さんと朱里さん。二人のエースだけじゃないですよ。ウチは。」
「それで…ジョーカーが…なるほど。私も同感だな。」
「なーにゃが?」
二人の会話に橋本が驚いたような声を上げた。

大和田南那。
確かに、ポテンシャルは凄い。
定期記録会で、とんでもない記録をたたき出した事もある。
だけど、粒ぞろいの1年生の中でも安定感という面ではまだまだ不安が残る。ましてや、駅伝は一人のブレーキがチーム全体に大きな影響を及ぼす競技だ。

「耀、倉持監督…なーにゃは、ジョーカーなんかじゃないですよ。ウチのエース・イン・ザ・ホールです。」
「エース・イン・ザ…?穴の中のエース…?」
橋本が首をひねる。
その姿を見て、内山と倉持は思わず噴き出した。
この子のこの天真爛漫なところも、ウチの大きな武器だ。

「違うよ、耀。エース・イン・ザ・ホール。最後の切り札って意味だよ。」
内山が真顔で言った。




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