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15.

「しかしなあ、まあ、橋本らしいっちゃらしいんだけどさ。」
「何がですか?」
「何がですか?じゃねーよ。案外、お前の差し金なんじゃねーのか?麻衣。」
「まさか…私はこう見えても現実主義者なんです。勝つ為に余計な要素は極力排除したいタイプですから。私が仕組んだんなら、むしろ…」

2泊3日の合同合宿。2日目のロード「レース」を終えると、その夜は懇親会として簡単な会食をするのが恒例となっている。
この懇親会も、年々その雰囲気が微妙に変化してきている。1年目は、まさに「懇親」だった。女子大学最強の称号を得始めていた栄京大の選手は乃木坂の1年生にとって「憧れ」だった。2年目、箱根への初出場を決めても、やはりまだ乃木坂の選手は、まだ見ぬ夢舞台を知る栄京の選手をまるでアイドルを見るかのような目線で見つめていた。
しかし、今年は明らかにその関係が変化していた。もう「憧れ」の対象ではない。お互いが「ライバル」として認め合っているような雰囲気がそこに生まれていた。

寄宿舎の食堂が会場となった。決して広いスペースではないのだが、その片隅で設楽は深川と内緒事の相談をするかのように声をひそめていた。

「むしろ…潰しておく…か。麻衣、お前がウチの参謀でよかったよ。まったく怖いオンナだ。」
「どういう意味ですか?下手したら、今の発言ってセクハラですよ?」
深川はそう言ってまんざらでもないような笑顔を浮かべた。
「聖母」「姉さん」
そう呼ばれる深川は、メンバーからも絶大な信頼を得ている。しかし、その内面に秘められた強かさを持っており、まさに設楽が信頼を寄せているのはその部分にであった。

同じ疑問を抱いていたのは、栄京のメンバーも同じだった。特に、両校の指導にあたっている玲奈の心中は複雑だった。
確かに、現時点で栄京のチーム状態は決して良くない事は自覚していた。仕上がりというよりも「盛り上がり」と言ったほうがいいのか。よく言えば落ち着きがあるとも捕らえられるのだが、そんなものは栄京のカラーではない。確かに、この合宿では毎年意外な選手が台頭してくる事がある。去年は、この合宿で自信をつけた北川綾巴が先に抜擢を受けていた、東李苑を押さえてチームのホープへと躍進していった。

そういう意味で今年のホープは、北川、東と同じ2年生の熊崎であり、1年生の惣田、小石達だ。しかし、それを引き出したのはウチの選手ではなく、乃木坂の橋本によってである。玲奈は伴走の車の中からはっきりとそれを確認した。敢えてBグループに入って走った橋本は、自分のトコの若い選手よりも明らかにウチの熊崎や、惣田を煽っていた。
どんな声をかけたかまではわからない。しかし、間違いなく彼女達は橋本に煽られて「覚醒」した。玲奈に本番のエントリーを大幅に変える必要性を感じさせてしまうほど。

なぜ?
なぜ、橋本は敵に塩を送るような事をしたのか?

聞いてみるべきだろうか?
しかし、ここでの私の立場は両校への指導だ。
もちろん、本職は栄京のヘッドコーチ。その立場、去年まではここまで微妙に感じる事はなかった。しかし、今や拮抗した力を持つチーム…しかも、ライバル関係になる両校を見ていくのは、そろそろ限界なんじゃないだろうか…

そんな玲奈のもやもやした気持ちを察したかのように、橋本と桜井が玲奈の近くに寄ってきた。橋本の手には二人ぶんのグラスがある。
「玲奈さんはビールとかの方がいいんでしょうけど。」
まるで、私の心を読んでるのかしら?
玲奈は笑って、橋本が差し出したオレンジジュースのグラスを受け取った。

「何が狙いなの?」
玲奈はいきなり、ど真ん中に直球を放り込んでみた。
橋本が桜井と顔を見合わせて、そして大きな声で笑った。
「はははははは…すみません。なんか、出すぎた真似しちゃって。」
「いや…正直、ウチ…いや、栄京としては大きかったんだけど。そりゃ、力のあるメンバーだからこの合宿に参加させてる。でも、Bチームは将来…次シーズン以降への経験値を踏ませる事が目的の大部分なんだよ。それが…あんなに走れるなんて。おかげで、箱根本番は厚さを増したメンバーで臨める気がしてきたよ。でも…それは、そのままアンタ達乃木坂大にとって…」

そう、今回の箱根は乃木坂にとって、更なる躍進を十分望めるもののはずだ。贔屓目を抜きにしても、十分トップを狙える力をつけている。創部3年目、2度目の出場での箱根制覇は昨年以上のインパクトを陸上界…いや、大きなニュースとして日本中を驚かせるだろう。
しかし、その前に立ちはだかる勢力の中でも、栄京は最も大きなものとなるはずだ。そこの戦力強化に繋がることをわざわざ橋本が仕掛けてくれたのはいったいなぜなんだ?

「玲奈さん。ワタシ、本当は栄京に入りたかったんです。玲香、アンタもそうだよね?」
「ええ。その通り。でも…高校時代、たいした実績の無かった私には到底無理な話だった。若月もそう。チームのエースとして晴れ晴れとした顔で栄京に進んだ杏実が眩しかったなあ…」

橋本と桜井が懐かしそうな顔で話す。
全国の陸上少女にとって、栄京ブランドはいつの間にかかくも強力なものになっていたのか…玲奈がここしばらくの間、ずっと感じていた事だ。

「でも…こうして玲奈さんが指導してくださったおかげで、私たちもすっごく力をつける事ができました。そして…栄京に勝てるかもしれない…いや、勝ちたいって思うようになったんです。」
「奈々未…その気持ちはすごく大切な事だよ。でも…そう思うならなおさら…」

「どうせ勝つなら、最強の相手を倒したいんです。」

そうか…そうだったんだ。
橋本のその言葉を聞いて、玲奈は妙に納得した。
私は、いつから忘れてしまっていたんだろう?
強い相手を倒してこそ、達成感は強いはず。
相手に勝ちたいから、相手の戦力がダウンする事を喜ぶのは本物のアスリートが考える事ではない。私だってそうだったはずだ。
前田敦子、大島裕子、柏木由紀、渡辺麻友…チームメイトだった松井珠理奈…強かった。とにかく強かった。でも、だからこそ燃えた。あの強いライバル達に勝ちたかった。そう思うことで、自分も強くなれたんだと。


「ありがと。奈々未。目が覚めたわ。ヤだね。ウチのご老公の事、保身しか考えてない、冒険なんて出来ない何も出来ない人とか言っててさ…」
「いや、そんなお礼を言われるような事じゃないですよ。奈々未もカッコいい事言ってますけど、その実、単にあの子達と走ったら面白そーって思った程度なんですから。」
「ちょっと、玲香。せっかくカッコいい事言えたって思ってたのに。」

「橋本さーん」
無邪気な笑顔を浮かべて、熊崎や小石、惣田たちが堀や寺田と近づいてきた。熊崎達が橋本に向ける目線は、かつて橋本や桜井が、ウチの須田や柴田なんかに向けていたものと同じだ。

玲奈は大きく伸びをした。
いつの間にか縮こまっていた背筋をぴんと伸ばすように。



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