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11.

合宿2日目。11月とは思えない程の日差しが降り注いでいた。
この時期は天候により寒暖の差が激しい。
気温が下がるのは長距離選手にとって歓迎すべき事だ。
しかし、彼女達はファンランナーではない。競技者だ。
真冬の2月に開催される箱根女子駅伝では、酷寒の中で行われる事もあれば、春を思わせる陽気の中のレースになるときもある。
暑さに適応する身体を作るには、暑い中で厳しいトレーニングをするしか手は無い。


「みずほ。もう足の具合は何ともないはずだよ?自分でもそう言ってきたからAグループに戻したんだから。縮こまった走りしてるから、そうやってへばちゃうんだよ。どうするの?Bグループ戻って走る?」
「…」
玲奈が厳しい顔つきで叱咤の言葉を続けている。
山田みずほが答えられないのは、朝から続いているインターバル走のダメージからだけではない。玲奈の指摘が痛いほど身に染みているからだ。

「ねえ…みずほ。顔上げな?」
玲奈が持っていたペットボトルの水を差し出した。
促されるようにして顔を上げた山田の頬が濡れている。
汗だけではない。目から零れる涙は辛さからというより、悔しさからなのだろう。

「苦しい?」
玲奈の言葉にみずほが首を振る。
ぶんぶんぶん…
違います!絶対に違います!
そんな心の叫びが伝わってくるほどの強さだ。

「やめたい?」
「つらい?」
何を聞かれても同じだ。
みずほは首を振り続ける。

同級生の中では、大舞台へのデビューが遅れたほうだった。
東李苑、北川綾巴といった後輩が1年生で箱根へのデビューを果たす中、直前までエントリーを予定されていながら、コンディション作りに失敗し出場することを許されなかった。
身体能力は抜群だった。2区を走ってもらう事すら青写真の中にある程の逸材…玲奈の期待は大きかった。だからこそ、厳しい指導をする。厳しい言葉も浴びせるんだ。
山田自身もその事を十分理解していた。だからこそ、その期待に応えなくては…と強く意識した。
みんな乗り越えてきたんだ。過去、エースと呼ばれた人たちは。こんなプレッシャーと戦える事なんて、望んでもなかなか出来ない事なんだから。



ようやく玲奈から開放された山田は、とぼとぼとランチルームへと足を進めていた。食欲すら感じない。でも、食べなきゃ。午後からは、ロードに出てのタイムトライアル。15キロと距離は短いが、実質レースのようなものだ。補給無しで走る事は出来ない。

「みっずほちゃ~ん」
素っ頓狂までに明るい声で名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
振り返って誰の声かを確かめるまでもない。
「まなったん。あれ?どしたの?お昼は?」
「うん。なんか、みずほちゃん、玲奈先生と話してから食べるの遅くなるんじゃないかな~って思って。ほら、一人で食べるのって寂しいでしょ?だから…待ってた。」
秋元真夏が無邪気な笑顔で山田の顔を覗き込むようにして見ていた。
山田は思わず、ぷっと吹き出すような笑いをこぼす。

「寂しいって…トレーニング間の食事ってただの補給じゃない。ささっと済ませれば…」
「えー…ごめん…迷惑だったかなあ…」
急に秋元の表情が曇る。今にも泣き出しそうな顔になっていく。
慌てたのは山田の方だ。



思えば、知り合ってもう1年になる。前年の箱根。7区にエントリーしていたにも関わらず直前の体調不良で控えに回った山田はその7区を走った同級生の江籠のサポートに回っていた。トップで襷を繋いだ江籠の顔はプレッシャーから開放された安堵感でいっぱいだった。
そんな中、4番目で次の区間へ襷を繋いだのが秋元真夏だった。初出場故の段取りの悪さだろう。乃木坂大はサポートのスタッフが毛布やタオル、ストレッチマットなどが用意されていなかった。慌てる乃木坂大スタッフに山田は自分の所の予備を差し出した。

「あ。ありがとう~ございます!」
屈託のない顔で秋元は笑った。
江籠が見せた表情とは全然違う。本当にキラキラした笑顔だった。

「お疲れ様。今年の乃木坂…すごいね。」
「はい!あ…えぇえええああああああ!あの…栄京…さん…ですよね?あの…すみませんすみませんすみません。ワタシ、何を偉そうに…」
「何、そんなに…もう。面白い子。私、栄京の山田みずほ。宜しくね。秋元真夏さん。」
「山田さん…はい。し…知ってます。あの…高校の時、京都で同じ区間は知った事あって…あ、あの、あの山田みずほさん…」

山田はおかしくなって思わず大きな声で笑った。
私の事を知ってる?あの、山田みずほ?
それ言うなら、今、間違いなく貴方の名前の方が知れてるよ。

大躍進の乃木坂大。恐らくこの7区も、この子が区間賞だろう。
この先も、きっと秋元真夏の名前は、少なくともこの世界では私より知られたものになるに違いない。


「わかった、わかったから。一緒に食べよ?」
「わーい。うん。でも、午後からロードだからね。程ほどにしとかなくちゃ。ワタシ、食いしんぼうだからついつい食べすぎちゃうから。」

ホントによく表情が変わる。
不思議と気が合った。メールはほぼ毎日。
週に2度は電話で話す。
殆どが競技とは関係の無い話だ。
全然違う性格…そう思っていたけど、なぜか安心した。

「ねーねー。午後からのロード、みずほちゃんもAグループでしょ?ねー一緒に走ろうよー」
まるで仲のいい小学生がマラソン大会で打ち合わせしているみたいだ。
一緒に走ろ?ゴールは手を繋いでしようね…
そんな空気さえ感じてしまう。

「とか言って、またスタートからぽーんと飛び出すんでしょ?」
「えー、うん。だって、じっとしてられないし。だからさ…みずほちゃんもたまにはスタートダッシュしようよ。たまには、ね?面白いじゃん。」

面白い?
そっか…面白いか…
そんな事考えてなかったな。

期待に応える。ミスをしない。

そんな事ばっかり考えていた。

「うん…じゃあ、そうしてみようかな?」
そう言って、山田ははっとした。
そう考えた事を驚いたんじゃない。

楽しそうかも…
そう思った事に驚いたのだ。

何かちょっとした悪戯を考え付いた幼い日の頃の、ドキドキした気持ち。

そんな事、しばらく感じていなかった。

ノンオイルのパスタを胃の中へ送り込み、山田は秋元の無邪気な笑顔に同じような笑顔で頷いてみた。


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