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10.

合宿は初日からハードなものとなった。
移動の疲れなんてお構いなしだ。そもそも名古屋から東京に移動した位で疲労を持つような身体を作ってはいない。いきなり5000のペース走を3本。合間に低負荷のマッスルトレーニングを挟み込む。身体が悲鳴を上げたところで1000のピッチ走→ウインドスプリント。
玲奈好みの、身体とハートを苛め抜くメニューだ。

合同合宿での最大のメリットは、普段と違う緊張感だと玲奈は思っていた。最初の頃は、レベルの高い練習に必死に乃木坂が食いついていった。栄京は強豪のプライドで決して変なトコは見せられない。お互いの意思、そして思惑が普段以上の力を出させていた。
年を追うごとにそれが徐々に変化してきている事も、玲奈の目論見どおりだった。今年は、完全にお互いが「絶対に負けられない」という「気持ちの」バーベルをぶら下げてトレーニングに臨んでいる。この切磋琢磨が生む効果は、お互いにとって計り知れないものとなるだろう。


「ななみん。どう?一緒に走ってみて。」
「ん?どうって?」
メインのトレーニングメニューが終わってクールダウンのストレッチをしていた橋本奈々未のところに白石麻衣がやってきた。
「どうって、気になっとんとちゃうん?」
松村沙友里も橋本の隣に腰をかけた。スポーツドリンクのボトルを差し出す。橋本がそれを奪い取るようにして受け取った。
「もう、気にしてるのはアンタ達の方じゃないの?心配しないでも、喧嘩売ったりしないからさ。」
「ほー、ななみ様も丸うなったもんや。我先に玲奈先生に噛み付いてた頃が懐かしいなあ。」
「だからさあ…さゆりんさあ、いつまでもそうやってからかうの止めてくんない?それじゃなくても、怖いってイメージ持たれること多いんだから。」

橋本が屈託の無い笑顔を浮かべた。
レース中のクールな表情を崩さない様から「クールビューティ」の名を与えられていた橋本だったが、こうして普段の顔を見せる時…仲間と一緒の時は無邪気な顔を取り戻す。

「で?どうなの?実際のとこ。」
三人の輪に、深川も加わった。
「そうですねえ…良いんですよね?ぶっちゃげちゃって。」
「うん。ななみの見立ては冷静で客観的だし。そうでしょ?」

深川の笑みに橋本が表情を変えずに頷いた。
そう。局面局面で冷静な判断が出来るのが、私の強みだ。
正直、走力だけではここにいる、さゆりんにも、まいやんにも到底敵わない。メンバーの中でも単純な持ちタイムじゃ、私より速い子は幾らでもいる。今、ウチで一番乗ってる七瀬もそうだし、生ちゃんだって、2年生の未央奈だって。
でも、駅伝やロードになったら話は別だ。
監督はどう思ってるか知らないけど、私は自分でこのチームの鍵を握るのは私だと思っている。それは、自惚れでもアピールでもない。冷静で客観的にこのチームを分析した上での見解だ。

「今年の栄京は怖くありません。」
「怖くない?」
「ええ。弱いっていう意味じゃないですよ?普通の展開なら、間違いなく今年も四ツ谷と栄京の争いだと思います。でも…予想できちゃうんですよね。誰が何区を走って区間何位で走って、これぐらいのタイムでフィニッシュする…」
「ちょ…待ってえな。それって、エラいすごい事と違うん?」
松村が目を丸くした。
そう…それは、決して安易ではない。
往復200キロにも及ぶ、箱根のレース。それを計算して臨めるチームがいったいどれだけあるというのか…

「でも…それだけね。ねえ、箱根ってそんなものじゃないでしょ?なんで、多くの人があんな寒い中、沿道で熱狂的に応援するの?なんで、テレビの視聴率が40%とか越えちゃうわけ?ドラマがあるからでしょ?予想通りの展開で予想通り本命が勝つなら、誰もあんなに…」

橋本の口調に熱がこもり始めた時、一人の細身の選手がこちらに駆けてきた。思わず、話の輪の空気がほっと緩む。

「あの…夕食後ですが、玲奈コーチがそのまま食堂に残っていろって事です。簡単なミーティングをするそうです。」
「あ、うん。ありがとう。」
「失礼します!」

ぴょこんと頭を下げて、すぐにその選手は背中を向けた。
来た時と同じように、飛ぶような走りで去っていく。

橋本はしばらくその背中を黙ったまま見つめていた。
その視線が鋭く光っていた事を、深川は見逃さなかった。

「どした?」
「麻衣さん、あの子は?」
「ん?えっと…熊崎…っていったかな。確か2年生だよ。」
「レギュラーですか?」
「いや、去年のメンバーには入ってなかったかな。」
「ふーん…そうですか。玲奈先生って…時々冒険するからなあ。」
橋本がそう言って大きく深呼吸をした。

明日はあの子と一緒に走ってみようかな…
気になる芽なら、早めに摘んでおいたほうがいい。







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