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9.

東京都 乃木坂学園総合キャンパス


「なんか…すっげーアゥエイ感なんですけど…」
「そっか。さりは初めてなんだっけ?小石ちゃんも…さーなんもか。」
「ゆめち先輩は、去年も来てるんでしょ?」
「来てるけどさ…さすがにこの雰囲気には馴染めないわ…ねえ、さきぽん」
「ねえ…」

荘厳な門構えの校門を入ると、正面にこれも歴史を感じさせるチャペルが見える。レンガ造りの建物には蔦が絡まり、その重厚さを更に際立たせている。

ジャージ姿の一団の一番後ろで、惣田紗莉渚と小石公美子、髙寺沙菜がそのチャペルを見ながら歩いていた。大きなバッグを肩からかけている。
少し前を歩く2年生の野口由芽や竹内彩姫らの顔にも、どこか落ち着きのない表情が浮かんでいる。

「そもそも、なんで大学生なのにみんな制服姿なんですか?」
先頭の方を歩いていた松本滋子が隣にいた宮前杏実の方に首を傾けるようにして聞く。長身の宮前を仰ぎ見るような格好になっていた。

「なんか、礼拝とか式典とか…そんな行事のある日には制服着用で登校しなきゃいけないらしいよ。」
丁寧に手が入れられたガーデンの中を歩く乃木坂大の学生が、すれ違うたびに頭を下げて挨拶をしてくれる。栄京女子大の面々は揃いのジャージ姿だ。明らかにその場の空気から浮き上がった集団が、キャンパスの奥へとおどおどと進んで行った。

「ご…ごきげんよぉぉおお?ねえ、ごきげんようってどーいうこと?挨拶?ね、ね、何て返せばいいの?ちぃーっす…なんて言える雰囲気じゃないよぉおおお…」
「なるちゃん…そんなにうろたえないでよ。いいのよ。こんにちはって言っておけば。」
「いや…でも。ゆうちゃん、こんにちはとかすら、なんか照れちゃうよぉおおおお。ど…どーすれば…」
「なる。ゆう。アンタたちもう3年目でしょ?いい加減慣れたら?」
岩永亞美が江籠裕奈と市野成美に窘めるように言った。口調はきついが、顔は笑っている。まあ、二人がそう言うのもわからないでもない。確かに、ココは普段私達が通ってるトコとは大きな差がある。

確かに、乃木坂学園大は、下は幼稚園から上は大学院まで、一貫して敬虔なミッション系の学生を集めた所謂「お嬢様学校」だ。入学を許される学生に求められる偏差値はかなり高く、また幼稚園や中学での「お受験」ではかなりの人気を集める学校だ。
そんな校風に似つかわしくない、箱根の舞台に颯爽と現れたのが去年の事。箱根路を走りぬけた選手は、誰も皆、個性的でそして攻撃的だった。まさにサプライズ。乃木坂学園は一躍、学生駅伝界の台風の目として注目を浴びる事となった。



「あ、いらっしゃったみたいですね。うわー、相変わらず強そう…なんか、ああやってまとまって歩いてると、遠くからでもオーラみたいの感じますね。」
「そうね。今の3年生は随分鍛えられた子が多いからね。でも…最近ジェネレーションギャップかなあ。1年生なんて、なかなか何考えているかわからなくて。」
「玲奈先生、まだまだ若いじゃないですか?ちゃんと、若い子との話が出来るように色々とアンテナ張ってるし。それより、問題は私ですよ。年は近いのに全然プライベートな話題についていけない」
「まあ、それが麻衣ちゃんらしいとこだけどね。」

乃木坂学園の駅伝部が躍進したのは、栄京女子大のヘッドコーチを務める松井玲奈が指導者交流の一環による臨時講師として派遣されてからだ。もう3年になるこの制度で、玲奈は週に1~2日の頻度で選手の指導にあたっていた。どちらかというと、精神論に偏り勝ちな玲奈の指導を論理的な解釈でサポートしているのが学生マネージャーの深川麻衣。乃木坂の実質的な監督のような立場でもある。

その玲奈の臨時講師派遣を期に始まった、乃木坂学園と栄京女子大の交流合宿は当初、乃木坂の選手に全国トップクラスの姿を間近に見せる事で刺激を与えるのが目的であった。しかし、今年はもうそんな「懇親」的な空気はどこにも無かった。特に、迎え入れる乃木坂の方には。


2泊3日の合宿中の宿になる寄宿舎に荷物を置くと、すぐに栄京女子大のメンバーはグラウンドへと飛び出していった。
キャンパスはどうであれ、トラックに出ればどこだって関係ない。私達にとってはホームのようなものだ。さっきまでの、どこかヨソ行きのような表情は一変していた。

「集合!」
決して張り上げるような声ではないが、ぴりっと引き締まった声が響いた。トラックでフィールドで、思い思いに軽いアップを行っていたメンバー達がさっとメインスタンド側のトラックに集まった。立派なスタンドと照明まで備えた本格的な陸上競技場だ。

「ようこそ。乃木坂学園駅伝部主将、3年生の桜井です。」
引き締まった細身の身体。小柄だが、長いストライドで走るフォームはその身体を何倍も大きく見せる。昨年アンカーとして躍進のフィニッシュシーンが何度も何度もメディアに取り上げられた。今や乃木坂の顔の一人、桜井が笑顔で手を差し出してきた。

「お迎えありがとうございます。今年もお世話になります。栄京女子大陸上部、3年生の宮前です。すみません。主将の梅本が今回参加できませんので、私が代行としてご挨拶させていただきます。」
宮前が桜井の手をやはり笑顔で握り返した。

「杏実…どうしちゃったの?あんな堂々として…」
「そりゃ、気合も入るでしょ。去年と今年で評価が全く逆転しちゃったんだから。」
宮前の後ろで整列していた岩永が小声で隣にいた二村春香に声をかけた。二村も小声でその話に乗っかる。背中から感じる宮前の気合というか迫力を感じ取っていたようだ。
「高校時代は、補欠だったんでしょ?あの、桜井って子。同じチームのエースとしてエリート街道まっしぐらだった杏実は、面白くないわよね。」
「すごいもんね。杏実。合宿の随分前から気合入っちゃってて。」

「何、こそこそ喋ってんの?さあ、挨拶は終わった。地獄の合宿は、もう始まってるよ。」
宮前がこっちに向き直って、二人にウインクを送った。

地獄…か。
のぞむところだよ。

岩永も二村も、思わず笑みを浮かべた。


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