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8.

1周目を終えた。込山が向井地の背中を軽く叩く。
「お疲れ。お見事…って…言っとくよ。」
「サン…キュ…」
今度は込山が先頭を引き始めた。更にペースが上がる。

「ラスト!ほらぁ!アンタらも1年生に千切られてんじゃねーよ。ゆりあ!最後くらいエースらしい走り見せてみろよ!」

峯岸にハッパをかけられた木崎ゆりあが一瞬だけ苦笑いを浮かべると、一気に前へとあがっていく。すぐ横にいた、加藤玲奈や佐々木優佳里、大森美優もそれに続く。あっという間に込山のすぐ後ろについた。


必死の形相で込山がフィニッシュラインを超える。それに続き集団がひと塊になったまま飛び込んできた。1周目を引いた向井地も何とか集団の一番後ろで入ってきた。

「よーし…ラストもちゃんと追い込んだな。いい感じだよ。みーおん、こみ。お疲れ。」
峯岸のねぎらいにも、二人は反応するどころではなかった。フィールドの芝生の上でうっ伏せたまま顔を上げる事が出来ない。

「しっかりダウンしてな。ゆりあ、後は頼んだよ。」
「了解っす。あ、コーチ、この後のミーティングは?」
「今日は選手だけで頼むわ。明日以降のメニューは後で届けさせる。」

そう言って峰岸はグラウンドを後にした。
グラウンドの脇にある古びたベンチに腰掛けていた男の隣に腰掛ける。
「おう、お疲れさん。最後、いいカタチになってたな。」
「ええ。こみの美音に対するライバル心は相当なものですね。でも、そのギラギラ感がチームをいい方に引っ張ってる気がします。」
「そっか。まあ、あんまり無理はさせないようにな。」

峯岸は隣に座っている男の顔を横から見ながら、言葉を発せず頷くだけで答えを返した。男の目が優しくグランドの方に向いている。
娘を見守るちょっと過保護で優しいお父さん…
峰岸は、隣にいる四ツ谷大学駅伝部監督の湯浅洋をそう評していた。
悪い意味ではない。かといって、全面的に良い意味でもない。

四ツ谷大が最初頭角を現したのは、創部2年でチームを箱根の舞台に押し上げた初代監督・戸賀崎智信の功績によるものだった。学連選抜の監督も経験し、その後四ツ谷大を箱根のシード常連に、そして栄京女子大とともに両雄とまでの評価を得る事になったのも。

しかし、その戸賀崎が突然学校を去る事になり、その後を引き継いだ湯浅は全く正反対の指導法を四ツ谷大に持ち込んだ。強力なリーダーシップでチームを引っ張った戸賀崎とは違い、いつも柔らかい物腰で選手と接する姿に峯岸は時々頼りなさを感じながらも、その着実な指導で力をつけてきた1・2年生の成長には目を見張るものを同時に感じていた。

「そろそろ…エントリーを踏まえた戦略を考える時期ですね。」
そう、箱根は各区間に特色を持ったコースを戦うレースだ。特にエースが揃う2区、9区。スピード勝負の4区。山登りの5区。逆に急坂を駆け下りていく6区。それぞれの区間の適正に合わせた配置と、準備は非常に重要な戦略だ。
「今年のエントリーだけど…みなみ。お前が考えてみろよ。」
思わぬ言葉に思わず峯岸は湯浅の顔を見た。
「私が…ですか?」
「ああ。お前も指導者への道を進むって決めたからには、箱根の舞台をどう攻めるかくらいの事は考えてみる経験が必要だろう。」
「それはそうですけど…そんな責任重大な…」
「責任?そんなこたぁいいんだよ。俺の仕事は、そんくらいしかないからな。責任を取るくらいさせてくれよ。」

「わかりました。」
実は、プランはすでにある。今日、峯岸はその話を湯浅に持ちかけようとしていたのだ。
かつて、自分が在籍していた慶育大には、同世代に「絶対的エース」がいた。山で無類の強さを発揮する「山の女神」が。チームプランは、良くも悪くもエース次第だった。エースとともにチームがあり、チームはエースとともにあった。
しかし、今の四ツ谷大にはそんな絶対的エースはいない。もちろん、学生ランキングで上位に名を連ねる選手は豊富だ。しかし、チームは真の意味での強さを得るにはまだ至っていない。
ただ、他の学校に比べ絶対的に強さを引き出す要素を持っている事も事実だ。豊富な選手層が生む「競争意識」。誰よりもまずチームの仲間に負けない、負けたくない。そんな向上心に満ちたメンバーに恵まれた。


峯岸は思う。それこそが、我がチーム最大の魅力だと。



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