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7.

東京都 四ツ谷大学総合グラウンド


「…40秒~スタートライン戻って。ラスト1本…ほら、次は1年が引っ張るんだよ!ほらほら、チンタラやってないの。あと10秒…で、誰が引くの?」
ストップウォッチを見ながら峯岸みなみが声を張り上げる。20人程がトラックに引かれた白線に集団で並び始めた。

「私が行きます」
一番小柄な選手がまっすぐ右手を挙げて前に出た。
「よし。美音。1周目は任せたよ」
「はい。…あ、2周目も引きますよ。800位じゃへたれませんから」
「ハァ…ハァ…ハ…あ…のさ。インターバル…なんだから、2周目のペース落とされたら困るんですけど…コーチ、2周目は私に引かせてください」
前に出てスタートの構えをした向井地美音の隣に、やはり小柄な選手が進み出て言った。込山榛香だ。
長い髪を後ろ手で束ねなおす。
「ほー。大きく出たね、こみ。いいよ。でも、今自分で言った通り。2周目にペース落ちたら意味ないからね。…57、58…よーい、ピッ」

本番の箱根まで残り3ヶ月余り。夏の合宿で追い込んだ疲労を一旦抜いたあと、この時期は再び選手の基礎力を底上げする時だ。その分、トレーニングはハードなものになる。20キロを超える箱根の各区間とはいえ、近年は男子同様に女子もスピード化の傾向が強くなっている。800mを全力で走り60秒のインターバルを置いてそれを何度も繰り返すトレーニングは、もっともキツく、しかし最も鍛錬の度合いを高める事ができる。

「こみ?2周目引くなんて生意気言ったんだからさ、いいんだよ、もっと後ろ下がってても。」
「余計な心配いらないって、みーおん。それに…さ、喋ってる余裕あるならもっとペース上げて?インターバル…で…しょ?全力で行かなきゃ意味…な…いって。」
「っ…たく…可愛くないん…だから。可愛い顔…して」
向井地が一歩前に出た。集団のペースが一気に上がる。

千切ってやる。こみだけじゃない。先輩達も、全員。
この中じゃ、スピードだけなら私が一番のはず。ゆりあさんだって、玲奈さんだって、未姫さんだって…そう奈々さんだって…
そりゃ、総合力じゃまだまだ敵わないかもしれないけど…インターバルなら…インターバルで負けちゃ話にならない。
それに…私は、絶対に箱根に出るんだ。絶対に。


向井地が自負している通り、強豪揃いの四ツ谷大の中で、スピードと瞬発力は群を抜いたものがあった。1年生とはいえ、ハートの強さにも定評がある。400mトラックの半分を過ぎた辺りで縦長になった集団から向井地が一歩飛び出した。
すぐに、それに遅れないようにすっと込山が追いついた。同じ1年生。やはりスピードに自信を持っている。もともとは中距離を得意としているランナーだ。


負けない。負けたくない。
もちろん、美音は同じ選手として、同じ1年生として、そしてチームメイトとして一目置いて…いや、尊敬すらしている。
それに、普段の明るくて屈託のない笑顔が大好きだ。何でも相談できるし、一緒にいても全く気を使わずに済む。高校時代からずっと一緒だけど、親友とかそんな言葉じゃ済ませられない程の関係だと思ってる。
でも…だからこそ負けたくない。美音はジュニア時代から有名な選手だった。ジュニアオリンピックでは「世界」を経験しているし、アフリカ勢やアメリカ勢を向こうに回し金メダルを取ったときには、ちょっとしたセンセーショナルなニュースとして取り上げられた。それに対し、私は中学まで全く無名の存在だった。でも、四ツ谷大付属という恵まれた環境で、私はのし上がってきた…はずだ。今の、私が美音に負ける要素なんてない。私はそれだけの事をしてきたはずだ。


向井地美音と込山榛香。
二人の想いが激しく交錯する。
これは、練習なんかじゃない。
そうお互いが言っているように見えた。


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