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6.

愛知県名古屋市瑞穂区 栄京女子大グラウンド


「で?どうしたいんだよ?休みたいのか?走りたいのか?どっちなんだよ?子供じゃないんだから、はっきりと自分の意思を伝えてくれないと。」
アンツーカーの400mトラック。収容人員1万人以上の観客席。フィールドには綺麗に整備された芝生が生えている。その芝生が、煌々と照明に照らされて輝いている。その中を、多くのアスリートが黙々とトレーニングに励んでいた。

そんな光景を見下ろす形で配置された部屋。「監督室」のプレートが掲げられている。中には立派な応接と専用のデスクが備え付けられていた。

梅本まどかは、応接に腕組をしてどっかと腰を下ろしている初老の男に見上げられていた。視線を合わせないようにあちらこちらへ泳がせる。

「だいたい、お前、このチームのキャプテンじゃねーのか?ダブってまでウチで走りたくて入ってきたんだろ?あっちが痛ぇのこっちが痛ぇの言える身分なのかよ?」
男の声がどんどん大きく、どんどん苛立ちを増してゆく。

「あの…監督。ですから、こういう時にチーム全体を考えて、どう判断すればいいのかのアドバイスを…」
「アドバイス?またかよ。そうやってすぐに何でも俺に押し付けやがる。ああ、めんどくせえ。おい、玲奈ないないのか?イチイチ小さな問題を俺のところに直接持ってくるなって散々言ってたろ?」

「ちっ…」
余りにも不条理な言い分だ。幾ら、お偉いさんが決めたって言っても、なんでこの人がウチの監督なの?第一この人長距離の選手としての実績も経験すらないって聞いた。そんなヤツに、何で中学から長距離走ってきた私がこんな事を言われなきゃいけないんだ。
梅本まどかは思わず舌打ちをした。

「おい、お前、今なんっつった?こら。舌打ちしたよなあ?お前もアレか?辞めてったヤツと同じか?文句あるなら辞めろよ。今すぐ辞めろ。代わりなんか幾らでもいるんだよ。」

「今村さん。その辺にしときませんか?」
梅本が拳を握り締めたとき、監督室に松井玲奈が入ってきた。
「今村さん、幾ら貴方が理事長の子飼いって言っても、サカジョの成績が落ちたら責任は取らなきゃいけないんですからね。選手に責任押し付けようって言っても、そんな事私がさせませんから。」
玲奈の声は静かで低いトーンだった。
普段は「鬼」と呼ばれる程の熱血指導、日ごろの叱咤激励のせいで声は枯れ、一部で「酒やけじゃね?」と噂されるほどハスキーになっていた。誰よりも熱く誰よりもチームを、そして選手を愛する存在。
ヘッドコーチの玲奈には「天皇」と影で呼ばれる、栄京女子大陸上部総監督の今村悦郎も普段の自らの権力を誇示するかのような口調も低くなりがちだ。


「まどか、いいよ。今は、怪我の治療を第一に考えて。」
「はい…ありがとうございます。」

梅本が玲奈に一礼して監督室を出ていった。
今村を睨みつけていたが、当の今村はその視線に気づかないようコーヒーサーバーにカップをセットしていた。

「監督…もう少し何とかなりませんか?そんな風に言ってたら、選手なんて付いてきませんって。」
「いいじゃないか、ヘッドコーチのお前は信頼感抜群なんだから。だいたい、年端もいかない小娘がイチイチだなあ…」
まどかじゃないけど、このままじゃいつか私がこの男をぶん殴るかもしれないな。まったく、大人の政治の世界ってのには全然興味ないけど、なぜこの人が監督って事で派遣されてきたんだろう?そりゃ、陸連の偉いポジションにいたのかもしれない。でも、それはあくまでも事務方であって、指導者として実績があった訳じゃない。ましてや、ここ5年で2度、箱根の総合女王に輝いているサカジョの総監督ともなれば、プレッシャーだってあるだろうに…

「とにかく、強化合宿に参加するメンバーは私に一任して頂けますね?もちろん、箱根女王奪回に向けた布陣を敷くためです。」
「奪回ね…今のメンバーでそれが可能なんかね?はあ…お前や珠理奈、須田辺りが現役の頃に監督に納まっておきたかったよ。」
「大丈夫ですよ。奈和だってはるたむだって絶好調ですし。確かに4年生はまどかだけですが、今年の戦力は十分四ツ谷大に対抗できるものですよ。」
「古畑、二村ねえ…なんか、こうぴっとしないよなあ。小粒っていうか、駒が足りないって言うか…」

誰のせいだと思ってるんだ?
芝、今村…上から押し付けられた指導者のせいで、どれだけの逸材が去っていったと思ってるんだ?

「コーヒー飲むか?」
「いえ。結構です。今日は失礼しますので。」

玲奈は笑顔で答え、部屋を後にした。
コーヒーカップなんか持てない。
こんな怒りで震えた手では。

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