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4.

「どう?今のトコの順位は?」
隣にいる監督の横山由依が心配そうにノートPCの画面を覗き込んでくる。
あの時は、私が隣にいた仲俣に同じ事を聞いたんだっけ…
島田晴香が手元のマウスをクリックする。細かい数字が並んだ画面が更新された。
「10キロ通過ではダントツだね。2位の博多とは2分以上の差がある。」
「ほうか…とりあえず安心やな…」
横山が小さな安堵のため息をつく。

四ツ谷大を卒業した島田は、選手としての陸上生活に別れを告げ指導者の道を選んだ。山登りのスペシャリストとして4年生の時には5区区間賞を獲得したが、元々長距離向けの体型ではなかった事や、それゆえに抱えることが多かった膝の故障との折り合いをつける格好でのリタイヤメントだった。
熱血で姉御肌。それでいて論理的な指導が出来る…そうにらんだ横山が、直々にスカウトしたのだ。今の慶育を建て直すには、伝統にばかり寄り添っていては駄目だ。島田のように多少やんちゃで強引なほうがいい。


「今年の博多は強いって聞いてるよ。それに、ウチよりも層が厚い。肝心なのは10人がきちんとフィニッシュする事なんだから。」
「アンタに言われんでも、わかっとるわ。」
横山がちょっと膨れたような顔で言った。
わかってないよ…由依。アンタは確かに選手としても指導者としては一流だった。ワタシみたいな坂しか走れないようなポンコツじゃないしね。
でもね…やっぱ、アンタはエリートなんだよ。箱根のスターで、自らの足で…自らの身をもってこの予選会を経験した事がない。残り1キロでトップから予選落ちまで一気に落ちちゃう事があるのが、この予選会なんだよ。


トップ集団は10名程になっていた。留学生が独走する事の多い男子と違い女子は毎年中盤まで団子状態になる事が常だ。そういう意味では、今年は集団の人数が少ない。それも、慶育・博多の良好のレベルの高さ故だろう。
その集団を常に引っ張っているのが、博多大の宮脇咲良と兒玉遥だ。交代で先頭を変わるでもなく、まるで競い合うように前を走っていた。朝永美桜、田島芽瑠もすぐその後ろに位置している。

「ね…なんか、現役の時とイメージ変わったよね?」
島田がチラッと斜め前に視線を送りながら横山に呟く。
視線の先には、博多大のブースがある。
ブースといっても、それぞれの大学が持参したテントを張っているだけの簡易的なものだ。TV放送も入り大々的に取り扱われるようになった箱根の予選会だが、運営そのものは昔のまま朴訥としたままのものだ。
「指原さん…か。そうやな。なんか、おどおどしながら走っとったイメージしか浮かばへんな。」
「なんか、策士って雰囲気になったよね。博多大の監督になってからってもの評価うなぎのぼりだしね。」

指原も島田達と同じように、隣に座った多田愛佳とPCの画面を見ながら何かを打ち合わせている。秋英の同級生でマネージャーだった多田は、今では指原の右腕として高い評価を得ていた。


先頭集団の一番後ろで小嶋は迷っていた。
何を?
実は、何に迷っているのかすらわからなくなっていた。
悪い癖だ。
走ってるときに、いろいろと考えてしまうのは。
こんな風に走るようになったのはいつからだろう?

走るのが大好きだった頃は、どんな事を考えて走ってたのかなあ?
そもそも、何も考えてなかったのかもしれないけど…


残り5キロ。最後の給水ポイントだ。小嶋はしっかりとドリンクのボトルを取った。スポンジも二つ持てている。今日はコンディションに恵まれた。朝までの雨のおかげで湿度は高かったし、気温も高くない。日差しがない分消耗も最小限だろう。それでも、いつものように汗をしっかりかいている。水分補給は最後まで手抜かれない。

その時だった。給水を取らなかった博多大の面子が一気にペースを上げた。申し合わせていたわけではなさそうだ。田島が飛び出したのを追いかけ、潰しに行ったかのようなスパートだった。

「田野さん?追わないんですか?」
小嶋が前を走っていた田野に声をかける。田野からは返事が返ってこなかった。しばらく待っているうちにどんどん前を行く博多大の4人との差が広がっていく。
「先輩。田野さん、ちょっとキツいんじゃないですか?」
代わりに振り向いて返事を返してきたのは1年生の湯本亜美だ。
田野は確かに消耗していた。今年の慶育を引っ張っていたのは、田野だ。その田野の調子が上がらない。ここは自分が出るべきではないのか?

「行こう!あっち行けば、残り3キロのトコで選手に声かけられる。こんまんまじゃ博多に逆転されてまうわ!」
「由依、声かけるって?」
「当たり前やん。こんまんまや、トップ通過なんてできまへんわ。ラストはっぱかけたらんと。」
「アンタはここにいて。ワタシが行ってくるから。」
「え?」
「監督はどっしりと構えとくもんだよ。」

島田は駆け出した。もちろん、ラストで声をかける為だ。
まだ意外と走れるな…。体重も増えちゃったし、膝もちょっと痛いけど。よし、間に合った。
目の前を博多大の4人が通り過ぎていく。まるで個人タイムトライアルのラストスパートをするかのように必死の形相だ。
すぐ後ろから、小嶋と湯本、そして相笠萌、後藤萌咲、谷口めぐ、飯野雅。4人の慶育ランナーが続く。田野は更にその後方だ。

「真子!亜美!」
島田が選手と併走しながら声をかける。
「あがらなくていい。このまま。このままで。」
島田の声に、一瞬小嶋と湯本が怪訝そうな表情になる。誰がどう見たってここが勝負どころだ。ここで前に出なくては博多大には勝てない。
「いいから。田野ちゃんと一緒に…そのままゴールまで行って。いいから!」
そこまで話したところで島田は大きく遅れていった。

「ふぅ…ふぅ…ふぅ…たった100メートルもついていけないのか…参ったな。さすがに明日からダイエット再開だな。」
島田は通り過ぎる後続のランナー達を見やって笑った。

ちょっと前まで、本当にワタシはあんなスピードで走っていたんだっけ?


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