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こういう仕事をしていると、正月気分なんてものを感じる事はない。
ただ、経営者としての仕事が年末年始はまったく無くなってしまうので、かなり暇が出来るっていう事はある。
ウチは二次救急の指定を受けているので、それこそ不休体制で臨まなくてはならない。これも、世間的な評価を受ける為には必要なことだ。
俺も、この時期は救命病棟の進藤と共に、急患の対応にあたっていた。去年と違うのは、そこに司馬がいないことだけだ。


正月の2日目。その日は、記録的に暇なまま昼前まで時間が過ぎようとしていた。病棟の重篤患者もICU内も平穏そのものだ。「開院してもっとも暇な昼下がり」という記念碑を立ててもいいくらいだ。

テレビでは、箱根の山を必死の形相で登っていく駅伝選手達の表情を映し出していた。アナウンサーが絶叫している。
「5区山登り。トップを走る東洋大学の設楽が快調に山を登っています。最初の3キロの通過は、あの同じ東洋大学の先輩、柏原竜二を10秒上回っています!区間記録ペースです!」

馬鹿か、このアナウンサーは。
5区はこの先、800m以上も登っていくんだ。最初の3キロがどうだなんて、素人の俺でも意味ないって事くらいわかる。それに、トップと3分差なんて簡単にはひっくり返らないって。

俺は、冷めてしまったコーヒーを喉に流し込んで大きく伸びをした。
ドクターズルームには俺と進藤の二人だけになっていた。
皆、暇なうちは寝ておこうと休憩室に行ったのかもしれない。

「院長。ちょっといいですか?」
進藤が立ち上がって、ICUの方へ俺を促した。
真夏のベッドの隣に立つ。
ここ数日、一段と容態が悪くなっている。
意識も薄れてしまってきていた。

「もう少しの辛抱だ。我慢するんだ。」
俺は、真夏の横顔に向かってそう言った。
リップサービスではない。ちゃんと、この子に合う心臓は手に入っている。あとは、タイミングだ。最良のタイミングでこの子に移植手術を行わなくてはならない。
もちろん、それは真夏にとって最良…という意味ではない。

「院長。俺には、どこがどうなってこの子に適合するドナーが見つかったのかはわからないです。しかし、何かがおかしい…それだけはわかります。」
「おかしいですか?なにか納得のいかない点でも?」
「この病院の強みは、あなたのコネクション…営業努力により、適合ドナーをマッチングさせる事が他の病院よりも多く実現できるという点である事は俺もわかっています。しかし…」
「しかし?」

進藤は正義感の極めて強い男だ。だから、救命医として理想を追わせる事に俺は一切の異論を挟まなかった。受け入れ数を増やしたいと言われれば増床をしたし、人員が足りないといわれれば優秀なジェネラリストを何人も採用した。ベッドの回転率を上げて利益率を上げろという、救命病棟で働くものであれば必ず求められるような事すら、俺は一切口にしなかった。そして、この病院の「社会的貢献」という評価を上げる事が大事だったからだ。
しかし、一方で進藤は清潔感を持った男だと俺はにらんでいた。俺たちが行ってきた数々の裏工作を知れば、自らの地位を捨てても告発などしてしまう男だと。

「院長。世界中にボンベイブラッドのドナーなんて数人いるかいないかです。それが前回見つかっただけでも奇跡なのに、しかも今度は小児のドナーが確保できたなんて。第一、普通の状態でも…」
「特殊な状態でなくとも、死体間移植しか出来ない心臓の場合、小児の場合は極めてドナーの確保が難しい。恐らく、順番待ちを普通に待ってちゃほとんどのレシピエントは死ぬでしょうね。」

俺は進藤の目を見て一瞬迷った。
その目は、不正を咎める目ではない。
何かがある。それを知りたい…そういう風な目だと俺は読んだ。
司馬亡き後、俺にはパートナーが必要だ。
進藤にも毒を食らわせなくてはならないのかもしれない。

「ドナーになる者を探すのは晩秋の落葉樹の森で、一枚の作り物の落ち葉を探すようなものです。しかし…」
「あらかじめ、落とす葉を決めておき、落ちる前に摘み取ってしまえば、見つけるまでもないって事ですね。」

俺は進藤の顔を見た。
知っていたのか?

「司馬とは長い付き合いですからね。それに…私はこの病院の勤務医です。院長のやってる事に賛同は出来ませんが…従うしかないでしょう。」
「そうですか。なら、話は早いですね。早速…」

今度の件を進めるにあたって、一番厄介だった問題はあっさりかたがついた。誰かを巻き込まなくてはならない。それが、もっとも適任で、もっとも担わせ辛いと思われた人物を手に入れた。
俺は、進藤にこの先の話をしようとした。
しかし、進藤のしまったという表情を見て、思わずその視線の先に目をやった。


そこには呆然と立ちすくむ松井玲奈の姿があった。
全身を小刻みに震わせている。

「玲奈さん…聞いていたのか?」
俺は、頭の中を高速で回転させた。
彼女は頭がいい。そして、恐らくは今の会話である程度、裏でなにが行われているかに感づいたに違いない。
ここは、なんとしても言い逃れなくてはならない。

しかし、玲奈の震えは俺の声を聞いた瞬間、小刻みなものから大きなうねりの様なものとなって全身を包んだ。
俺は、その肩をそっと抱こうとする。

玲奈はまるで汚いものでも見るような目線を俺に向けた。
これまでの俺を見る尊敬と愛情に満ちた目ではない。
そして、明らかに俺を責めている。


俺は息を呑んだ。喉をごくんと大きな音を立てて鳴らした。

美しい…
この蔑むような表情が堪らない。


何とでも、この女を俺の足元にひれ伏せなくては。

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Comment

お久しぶりです。

ほんま、お久しぶりです。

思い出しては検索して、待っていましたよ(*^^*)

相変わらず、メンバーのことが大好きなようで、小説にもメンバー愛が溢れていて、良いですね(^-^)v 夢中になって読んでいました!

私はナゴヤドームは干されてしまいましたが、明後日の個別を楽しんできます。

どうか楽しんできてくださいね!

2014.01.18 (Sat) | 531 #- | URL | Edit

No title

>>531さん

お~懐かしいお名前が
嬉しいです。コメントありがとうございます。

相変わらずメンバーの事は大好きですよ~

2014.01.21 (Tue) | 四谷 #mQop/nM. | URL | Edit

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