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27

病院棟の屋上で、司馬と進藤は放心したように空を見上げていた。
澄み切った空に僅かに雲が残っている。キーンと身が引き締まるような冬の空だ。

司馬が手に持った煙草の灰がぽろっと崩れ落ち、膝の上に落ちた。
まだ手術着のままだ。それを見て、自分が煙草に火をつけていた事を思い出す。持っていた缶コーヒーの中に吸殻を落とした。

「なんかさ、自分の力の無さってヤツを思い知らされるよ。」
進藤が空を見上げたまま呟く。
隣で司馬が次の煙草を咥えても何も言わない。
俺の隣で吸うんじゃない…いつもなら即効で文句言ってくるのに…

「仕方ないさ。あんなモン見せられちゃ…な。」
司馬がジッポでマルボロに火を点け言う。
一応、慰めているつもりなのだろう。


あの壮絶なテクニックは外科医として、羨望のものではない。到底、人間が行える所業ではないと言ってもいい。瞬時の判断と、ほんの僅かの成功の可能性をさも当たり前のように実現してしまう技術。
模範になど決して出来ない。あれが、心臓外科医のスタンダードとされるとしたら…世界中からメッサーと呼ばれる人間は姿を消さなくてはならなくなる。


「お前はラッキーだよ。あんなオペを直接助手として目の当たりに出来たんだからな。」
司馬が煙を吐き出しながら言う。

進藤は司馬にではなく、空に向かって語りかけるようにして言葉を搾り出した。苛立ちというよりは、諦めのトーンが含まれている。
「助手?俺が?あの場で俺は助手ですらなかった。ただの機械出しをしてたに過ぎない。第一、あの僅か数センチの切開口の中で何が行われているのかすら、俺にはわからなかった。あの、僅かの隙間でステントを入れ不整脈を治し、バチスタまで行ってしまう…俺はは、彼こそ真のゴッドハンドと呼んできた…しかし…」

「ゴッドハンドか。安い言葉だけどな。」
「ああ。あの腕にそんな言葉は実に陳腐だ。あれは…例えて言うなら…死神だ。人の死を自在に掌ることが出来る。悪魔にだけ与えられた、魔力だ。」

司馬が立ち上がった。
煙草を床に叩きつけ、足で踏み消す。

「じゃあ、さしずめ俺達は、その悪魔に魅入られた屍ってとこか。」

進藤は答えなかった。
司馬の言葉に何も否定する所がなかったから。


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「玲奈さん。大丈夫ですか…なんて言える感じじゃないと思ってましたよ。ホント。」
ベッドを取り囲むようにして、見舞いに来たメンバーが立っている。
どの顔も安心した表情だ。すぐそばに立っていた古畑奈和は特に。
手術後暫く面会謝絶になっていたが、ようやく今日から面会が許可された。早速東京で仕事があったメンバーが集まったという訳だ。

玲奈はベッドの上で上半身を起こして、笑顔を見せていた。
無理をしているわけではない。バチスタ手術の後、経過は良好だった。決して完治したわけではないが、暫くは日常生活に差し障りがあるような状況には陥らないだろう。

「ねえ、紅白…準備は進んでる?」
玲奈が今、一番気になっている事を聞いた。
「玲奈さん。今は、身体の事を一番に考えてくださいよ。大丈夫です。しっかりと留守を守りますから。でも…ナゴヤドームまでには…絶対に帰ってきてくださいよ!」
高柳明音が明るい声で答えた。
周りのメンバーも笑顔で頷いている。
「わかった。ちゅりにそう言われると安心するな。でも…ちょっと寂しい気もするけど。」

暫くの間、談笑したあとメンバーは帰っていった。
玲奈はふっとため息をついて、大きく伸びをした。

不思議な感覚だ。
突然意識を失ったと思ったら、次に気がついた時はベッドの上だった。
目を覚ました時の、家族の安心した顔に強烈な印象を覚えた。
まるで生き返った人を見るような表情だった。

実際、そう思われてもいいような状況だった事を聞かせれた。
大手術が行われた事も。

しかし、玲奈にはその実感がまったくなかった。
胸元にある小さな傷跡。
その僅かな傷跡からは、そんな生死を分けるほどの大手術の痕跡は微塵も感じられない。







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